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初出場の1970年メキシコ大会は1分け2敗で1次敗退でしたが、2度目の出場の86年メキシコ大会では旋風を巻き起こしました。最初のポーランド戦を0―0で引き分け、続くイングランド戦も0―0の引き分け。実績のある欧州の強豪チームと堂々と渡り合っただけではありません。1次リーグ第6組最後のポルトガル戦では3―1の会心の勝利を飾り、下馬評を完全に覆す首位で決勝トーナメントへ進んでしまったのです。 決勝トーナメント1回戦の相手は74年優勝、82年2位の西ドイツ。ブラジルのザガロ現同国代表チーム監督(58、62年は選手、70年は監督)と同様、選手と監督の両方で世界チャンピオンを狙うフランツ・ベッケンバウアー監督(74年に選手で優勝)から「テクニックはブラジル並み」と警戒されての対戦でした。 モロッコは大健闘したのですが、W杯の大舞台を何度も経験している西ドイツに87分に1点を奪われ、0―1で惜敗してしまいました。決勝ゴールを挙げたのはローター・マテウス選手。30メートルを超す長距離FKを直接決めたのです。 でも、敗者モロッコのジョゼ・ファリア監督は少しも悪びれず「西ドイツとこれだけ戦えたんだから」と言った後、苦笑いしながら付け加えました。 「うちの選手はまだまだアマチュアだよ。だって、西ドイツ選手たちに一緒に記念写真を、とせがむんだから……」。 西ドイツは、このメキシコ大会はアルゼンチンに決勝で負け、ベッケンバウアー監督の念願は次の90年イタリア大会決勝でアルゼンチンを下して達成されました。
鈴木 武士・フリーライター
◆モロッコ王国 首都ラバト。1956年にフランスから独立。観光業、リン鉱石、農業が主な産業。ハッサン国王の知名度で国際的地位は高い。学生を中心としたイスラム原理主義者の武力闘争の問題を抱える。約2600万人の人口のうち99%がアラブ人とベルベル人。通貨はディルハム。公用語はアラビア語、フランス語。 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。 |