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4年前のサミットは、米国でのW杯開催中にナポリで行われました。ホストはACミランのオーナーでもあるイタリア・サッカー界の重鎮、ベルルスコーニ首相です。 米国へ出発直前の代表チームを官邸に招き、冗談交じりに「勝つことがすべてではない。しかし、もし負け たらパスポートを取り上げ、帰国を認めない」と激励したほどの人。で、サミットの間もW杯の成績が気になって仕方がない様子でした。 イタリアが準々決勝でスペインと対戦した日のことです。世界から集まってきた記者たちとの会見で首相が政治・経済問題から「私は新しいイタリアの奇跡を信じる」と話をサッカーにそらしたちょうどその時です。米国ではW杯にデビューしたばかりの新スター、ディノ・バッジオ選手が先制点を挙げました。これには「奇跡は伝染するものです」と首相はニコニコ顔でした(イタリアはその後、エースのロベルト・バッジオ選手が決勝ゴールを放ち2―1の勝利。準決勝ではブルガリアを下し、決勝はブラジルと0―0の接戦をしながらPK戦で惜しくも2位にとどまった)。 ほかの首脳たちも、気もそぞろの風情だったそうです。フランスのミッテラン大統領に至っては記者団に「君たちを自由にするから私も自由にしてほしい」と会見時間の短縮を要望。米国のクリストファー国務長官でさえ、W杯をテレビ観戦できない記者たちに気をつかい「すまんね」と謝るシーンもあったとのことです。 鈴木 武士・フリーライター
◆イタリアとW杯 1934年に初出場初優勝。38年も連覇を達成した。その後は4大会連続で1次リーグ戦で敗退したが、70年に準優勝。82年には3度目の優勝を飾った。最近は90年3位、94年準優勝と優勝争いに参加している。 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。 |