世紀の大番狂わせ演じた北朝鮮

ワールド杯エピソード
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 「平均身長165センチと小柄だが、闘志満々のチーム。最近の国際試合の成績は33勝3敗。W杯だけを目指して、国内リーグを取りやめ40候補選手の強化を図った。合宿、合宿の18カ月間、酒、たばこを禁止。朝6時からトレーニング、夜10時就寝と清教徒のような生活を送ってきた」。

 1966年イングランド大会前の、外電の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)チーム紹介記事です。同大会はアジア・アフリカ地域代表枠がたった一つだったため、大量ボイコットを引き起こし、北朝鮮は豪州との予選に勝ち国交のない英国へやってきました。外電が「要警戒」のニュアンスの記事を流したとはいえ、欧州の評価は低く、かけ率は初めブラジルの2倍に対し500倍と全く問題外のチームとみられていたのです。事実、1次リーグ第1戦はソ連に0―3の完敗。次のチリ戦は1―1と健闘しましたが、第3戦でイタリアに勝つなんて考えられもしなかったのです。それがどうでしょう。イタリアは、北朝鮮のシュートの雨に見舞われた揚げ句、朴斗翼選手の一発で0―1の黒星を喫し1次落ち。早朝、ひっそり帰国したのに今度はファンらの腐ったトマトの集中砲火を浴びる悲惨な結末を迎えたのです。

 「世紀の大番狂わせ」を演じた北朝鮮はソ連に続き2位でベスト8を決定、準々決勝のポルトガル戦では3―0のリードです。スタンドから「コーリア、コーリア」の大声援が沸き起こります。「汚いファウルが横行する中で、フェアに戦う北朝鮮への好感が大声援となった」と当時の外電。最後は、得点王に輝いたエウゼビオの4ゴールなどで3―5と逆転負けしたものの、“東洋の神秘”北朝鮮の活躍は鮮烈な記憶として、W杯史にとどめられています。

鈴木 武士・フリーライター

 ◆66年イングランド大会 サッカー界の至宝ペレの負傷とともにブラジルが1次落ちするなど激しいタックルや荒々しい反則が目立ち、西欧のある記者は「次回は従軍記者を派遣すべきだ」と皮肉った。イングランドが西ドイツを下して初優勝、ポルトガルはソ連に勝ち3位を占めた。
 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。
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