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ナイジェリア ■1次リーグF組         ■アフリカ代表        ■3大会連続3度目
■FIFA世界ランク27位 (5月15日発表)   ■最高成績 16強

ナイジェリア代表予想スタメン


カヌ、ラワルら強力攻撃陣

<戦力>
 攻撃陣には豊富なタレントが顔をそろえる。左サイドのラワルは、巧みな足技でDFをほんろうする。右サイドでは快速ババンギダが直線的な突破。トップ下には優れたキープ力と、卓越したパスセンスを見せるオコチャがいる。そしてトップには197センチの長身に似合わぬ俊敏な動きと、懐の深さを生かしたボールさばきを見せるカヌ。空中戦に抜群の強さを誇るアガリ。顔ぶれだけを見れば、攻撃陣は間違いなく世界でもトップクラスだ。

 オニグビンデ監督が最も得意とするのがサイドからの攻撃だ。同監督は就任直後「両サイドからクロスを入れ、フィニッシュに持ち込むことだ」と話した。個々の能力を認めながらも、組織プレーを重視する。83年に初めて同国代表監督に就任したときも、大胆に若手を起用して84年のアフリカ選手権準優勝に導いた。

 能力は高いが、あきらめが早いのもナイジェリアの特徴。相次ぐ「お家騒動」でモチベーションが低下し、あっさり敗退も。

◆ナイジェリア代表メンバー◆
【監督】フェスタス・オニグビンデ(64)
位置 背番 選手名 年齢 身長・体重 所属
GK ショルンム (34) 186・84 ローザンヌ
12 エジデ (18) −−・−− ガブロス  
22 エニアマ (19) 180・80 エニムバ  
DF ヨボ (21) 185・76 マルセイユ
ババヤロ (23) 172・66 チェルシー
オコロンコ (24) 182・74 Sドネツク
ウェスト (28) 186・87 無所属  
13 アフォラビ (22) 183・75 リエージュ
14 ウデゼ (21) 179・70 PAOKサロニカ
15 クリストファー (20) 181・73 Rアントワープ
16 ソジェ (29) 185・79 クルー
19 エジオフォー (22) 172・66 Mハイファ イス
MF イケディア (21) 166・60 アヤックス
アデポジュ (31) 180・76 サラマンカ 西
10 オコチャ (28) 175・70 パリSG
11 ラワル (28) 183・72 ローダJC
18 アクウエブ (27) 190・79 瀋陽海獅
20 オビオラ (23) 179・72 Lモスクワ
23 オパブムニ (17) 170・68 イバダン  
FW カヌ (25) 197・80 アーセナル
オグベチェ (17) 177・78 パリSG
17 アガホワ (20) 178・77 Sドネツク
21 ウタカ (20) 170・68 アルサード
※国名のスはスイス、イはイングランド、蘭はオランダ
   仏はフランス、ベはベルギー、ギはギリシャ、中は中国
   西はスペイン、ウはウクライナ、イスはイスラエル
◆ナイジェリアW杯成績◆
成績
60年に英連邦内の自治国として独立
62 予選敗退
66 不参加
70 予選敗退
74
78
82
86
90
94 ベスト16
98
4勝4敗  3大会連続3度目

ナイジェリア国紹介
ナイジェリア地図  ◆国名 ナイジェリア連邦共和国。大西洋に面した西アフリカの国。
 ◆面積 92.4万平方キロメートル。国土の多くが砂漠。
 ◆人口・首都 約1億640万人。首都は人工的につくられた都市アブジャで31万人。
 ◆主な都市 ラゴスは134万人、イバダンは130万人。
 ◆主要民族 ハウサ、ヨルバ、イボが主要3民族。
 ◆宗教・言語 イスラム教が47.2%、キリスト教が34.5%。両教の対立解消が課題。英語が公用語。
 ◆通貨単位とレート 1ナイラ=約0.75円。
 ◆時差  日本より8時間遅れ。
 ◆食 朝食にはコーサイという豆粉のホットケーキやヒエ粥(がゆ)のコーコーがポピュラー。20ナイラで間に合う。トゥーウォンシンカーファという米をつぶしてボール状にした主食とシチューはランチ向きで100ナイラほど。
 ◆旅行 カノ空港周辺の撮影は違法行為なので注意。市内はOKだが、白い目で見られる。3月ごろ行われる伝統行事、ダーバは観光の目玉。仮装行列が見られる。この日は思う存分撮影ができる。
   ◇

































アトランタ五輪で金メダル

【ナイジェリアサッカーの歴史】
 ナイジェリアは北アフリカの言葉で「大河」という意味。国旗の緑は森林の緑を意味し、白は統一と平和の象徴。三等分されたのはそれぞれハウサ人、ヨルバ人、イボ人の3つのグループの共存を表している。だが、それは夢物語にすぎない。66年にはビアフラ戦争が起きた。イボ人が独立を目指したが、イギリス軍の後押しを受けたハウサ人に弾圧された。長く続いていた軍事政権は99年にようやく終止符が打たれたが、今でも地域間の対立は激しい。

 サッカー協会は45年に設立されたが、その後も英国の間接統治が続いた。正式に独立したのは60年。翌年には、初めてW杯予選にも参加した。アフリカ内では常に上位の成績を保ち、アフリカ選手権でも80年に優勝すると、82、84、88、90年と準優勝した。94年には2度目の優勝も果たしている。W杯は初出場の94年大会で決勝トーナメント進出。アトランタ五輪で金メダルを獲得するなど、年代別大会でも好成績を残している。

 独立以来、軍部による圧政が続いてきた。世界の中で孤立し、95年には決まっていたワールドユースの開催を国際サッカー連盟(FIFA)にストップさせられるという屈辱まで味わった。しかし、99年の民主化以来、徐々に国は変わりつつある。民主国家ナイジェリアをアピールするのに、最高の場となるのが今回のW杯だ。


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