第86回全国高等学校選手権大会 日刊九州nikkansports.comなにわWEB北海道日刊
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地方大会結果

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東東京大会優勝 修徳(11年ぶり4度目)
参加校144校(+6) ※( )内の数字は前年比
東東京大会組み合わせ(PDF) >>
<春季大会優勝>
関東一
<昨夏代表>
雪 谷
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7月31日付紙面
修徳、下級生パワーで11年ぶり甲子園
7月30日(金)東東京大会決勝
<修徳 3−2 二松学舎大付>
二松学舎大付を破り甲子園出場を決め、ガッツポーズでスタンドに駆け寄る修徳ナイン
写真:二松学舎大付を破り甲子園出場を決め、ガッツポーズでスタンドに駆け寄る修徳ナイン
 
◆Vへの足跡◆
3回戦 10−0 小松川
4回戦 14−5 淵江
5回戦 7−5 帝京
準々決勝 11−0 世田谷工
準決勝 4−2 正則学園
決勝 3−2 二松学舎大付

 修徳の2年生エース斉藤は、最後の打者を右翼フライに打ち取ると、ゆっくりと帽子を取ってバンザイした。「やった。最後まで投げ切ったぞ」。

 8回2死一、二塁、強烈なピッチャー返しの打球を左足のスネに受けた。5回戦の帝京戦でも左ヒザに死球を受け、違和感がありながらの登板が続いていた。小田川雅彦監督(48)は「交代するか」という合図をベンチから送った。しかし、斉藤は無言で首を横に振り続けた。次の打者を中飛に打ち取ると、心配をかけないよう、全力疾走でベンチに戻った。「僕をにらみつけるようにして(交代を)拒絶する。投げたい、勝ちたいという気迫が勝利を呼んだ」と小田川監督はエースの成長を喜んだ。

 打っては1年生磯部が先制、同点の2打点と大暴れした。大事な一戦を前に、磯部は6月下旬にスランプ脱出の糸口をつかんだ「儀式」を思い出した。打てない日々が続いた練習試合で、大橋寿一コーチ(42)から「シャツが出てるぞ。だらしがない。しまえば打てるかもな」と何気なく声をかけられた、その打席で初球本塁打。「緊張をほぐすためにやってみよう」と、初回の初打席でわざとユニホームのすそを出し、しまい直した。そして、先制の中越え特大二塁打を打った。同じ「儀式」で6回には左翼に貴重な同点本塁打。「あのおまじないのおかげです」と笑顔で大橋コーチに報告した。

 決勝に出場した10人のうち8人が2年生で、残り2人も1年生。ヤングパワーで甲子園切符をつかんだ修徳だが、小田川監督は「2年生中心の若いチームだけど『3年生を甲子園に』という思いで団結した。試合に出場できなくても残ってくれた10人の3年生に感謝したい」と話した。神奈川大会で敗退した法政二の選手で長男の泰庸(やすのぶ=3年)のアンダーシャツを着て試合に臨んだ今大会。息子の思いも、甲子園に届いた

修徳 1904年(明37)創立。生徒数は685人(うち女子174人)。野球部は54年(昭29)創部。甲子園出場は春2回、夏は11年ぶり4回目。部員数105人。所在地は葛飾区青戸8の10の1。主なOBに巨人高橋尚成ら。宮地五郎校長。


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