NOMOクラブが全国切符/都市対抗予選
<都市対抗野球:近畿地区代表決定戦>◇14日◇大阪・舞洲スタジアム
米大リーグ、デビルレイズの野茂英雄投手(36)が設立したNOMOベースボールクラブ(大阪・堺市)が、初の都市対抗出場を決めた。ニチダイ(京都・京田辺市)を2−0で破り、最終32代表目に滑り込んだ。今年6月までパチンコ店に勤務していた藤江均投手(19=上宮太子)が3安打完封。野球を奪われかけた男たちがNOMOの名前の下に集まり、創部3年目、活動2年目で夢を実現させた。同大会は8月22日から9月1日まで東京ドームで開催され、今月23日に組み合わせ抽選会が行われる。
背番号11がマウンドで仁王立ちしていた。オーナー野茂の代名詞、近鉄時代の栄光の背番号。受け継いだ19歳のエース藤江は、前日13日の完投から2日連続で最後までマウンドを守りきった。幕切れはこの日7個目の奪三振。抱き合うバッテリーに、ナインが飛びつく。色とりどりの紙テープが、フィナーレを飾った。
「よくやってくれた。藤江はもちろん、みんなしっかり力を出してくれた」。ナインの手で宙に舞ったあと、清水信英監督(48)はすぐにロッカーに姿を消した。震える指で、遠征中でカナダのトロントにいる野茂に電話をかけた。「勝ったよ」と伝えると「インターネットで結果を見てました。おめでとうございます」と野茂。「(野茂の)声も弾んでた? いえいえ、いつもの通りですよ」と清水監督は苦笑したが、どれほどオーナーが喜んでいるかはわかっていた。
クラブ創設は03年。都市対抗予選参加は昨年からで、松下電器ら強豪を倒し、挑戦2年目で初出場の快挙をやってのけた。出身チームの新日鉄堺を含め、社会人の名門が続々と休廃部して行く状況に「才能のある選手にプレーの場を提供したい」と野茂が立ち上がり、自ら運営費を出資して作ったチーム。野茂の情熱が、選手を集めた。藤江もその1人だ。
大阪屈指の強豪・上宮太子の出身ながら高校時代はレギュラーになれず「高校で野球は終わり」と決めていた。だが自宅のある大阪府堺市に、野茂のクラブができることを聞いた。「あきらめんと続けてみろ」と父孝さん(55)が背中を押してくれた。
昨春に入部。「野茂さんの背番号をください」と監督に訴え、11番をもらった。パチンコ店で週5日、午前9時から夕方4時まで働きながら、堺市のグラウンドに通った。その仕事も、6月いっぱいでいったんやめた。「都市対抗が終わるまで、野球に専念したかったんです」。
背番号に恥じない投球をしたかった。前日13日の2失点完投後、仲間と銭湯に行って体をほぐした。人生初の2日連続完投で、完封。胴上げされ「僕なんかがこんなことをしてもらっていいんですかね」と相好を崩した。
染谷健一主将(29=流通経大)も、ローソン在籍時に休部の憂き目にあった。だが都市対抗を観戦に行き、白球を追う選手を見て「オレは何をしてるんだろう」と寂しくてたまらなくなった。心にわき上がった野球への思い。今では製菓会社に勤め、菓子のこん包をしながらチームをまとめている。
野球をしたい、続けたい。そんな25人が力を合わせての東京ドーム出場。情熱が夢を実らせた。【堀まどか】
[2005/7/15/10:15 紙面から]
写真=都市対抗出場を決め大喜びのナインとともにに、染谷に抱きしめられ号泣する先発の藤江(手前右)
|