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2003/08/11
#23 「やさしい話」
普段はあまりニコリとしない鉄仮面のラス・ジョンソン(三塁手)が、優しい顔して言ってきた。
「シンジョーの笑顔を見ていたら、オレはもっと笑わなきゃなって思ったよ。ハハハ」
名もない選手の何気ない一言だったけど、ラスの一言は心に沁みた。いい話だなと思った。
マリナーズ傘下のタコマからは、トレード移籍でケニー・ケリーがやって来た。ケニーが合流した日、監督のボビーは5人の外野手を集めて小さなミーティングを開いた。
「外野手は3人、DHを入れても4人。タイズの外野陣は5人になった。
毎日プレー出来ない選手が最低でも1人は出てくるが理解するように」
ミーティングが終わると、新庄さんは他の4人に気づかれないようにボビーに近づきこう言った。
「彼ら若手にはメジャーの舞台を経験して欲しいから、彼らにチャンスを与えて下さい。
もちろん自分の出番は全力でプレーします。だから若手を使う時は遠慮なくお願いします」
英語には謙(へりくだ)る表現があまりないので、この時の通訳は少し手ごわかったが、ボビーの「おやおや、珍しい事をいうもんだ」と言わんばかりの表情に、手ごたえを感じた。
それからというもの、ウエートトレーニング場や室内ケージからは今まで以上に音がこだまするようになった。僕には僕のやり方があって、通訳の対象者には近づきすぎないよう心掛けているから、いつも見て見ぬふりをしているが、カキンガッチャンの音の主はたいてい決まって新庄さんである。
昨シーズンはこんな事もあった。
僕らが所属していたジャイアンツは、シーズン161試合目の9月28日にプレーオフ進出を決め、翌29日の最終戦、400打席にあと6打席足りなかった新庄さんは6番センターでスタメンだった。
試合前のベンチでは、ダスティ(ベーカー監督)が珍しく新庄さんに詰め寄ってきた。
「何で今まで黙っていたんだ!あと6打席だろ!そしたら今日だって1番に入れたのに!」
新庄さんはいつもの笑顔で、しかし冷静に力強くこう切り替えした。
「チームが最後まで(ワイルドカード枠を)争ってたから、
個人的なことでチームに迷惑を掛けたくなかったのです。」
400打席のインセンティブ契約を結んでいた新庄さんは、数十万ドル獲得にあと6打席必要だった。
そんな最終戦、新庄さんは走った。MLBの未来を担う輝くルーキーのために。
8番・ショートでメジャー初スタメンだったコーディ・ランサムは、レフト線に二塁打をかっ飛ばした。1塁ランナーの新庄さんはセカンドベースを蹴った辺りからギアをトップに入れ、もの凄いスピードでホームベースを駆け抜けた。風のように速かった。
8回裏には代打でランスフォードが登場した。2002年の開幕を1Aで迎えたランスは、2A、3Aとたった5カ月でマイナーリーグを駆け上がり、周囲も驚くスピードで
セプテンバー・コールアップを手にした22歳の若手捕手だ。
再び1塁ランナーだった新庄さんは、右中間に飛んだランスの当たりを耳だけで捉えると、打球には全く目をくれず、すごい形相でホームベースに滑り込んだ。泥だらけの左膝を切りながら。
新庄さんは僅かに足らない「2打席」を決して嘆くことはせず、言わば消化ゲームの誰にも評価されない「2得点」に果敢に挑んだ。名もなき2人の笑顔のために。
試合後のクラブハウスでは、アトランタとのプレーオフを睨み意気揚々のナインとは対照的に、即座にロッカーを空っぽにして、秋季リーグに向かうコーディとランスが、そろって声を掛けてきた。
『Thank you, Shinjo. You're my hero!(サンキュー新庄、あんたは僕らのヒーローだぜ!)』
あなたの優しさは、多くの人には伝わらないかもしれないけど、当事者たちは知っています。あなたがとっても優しいってことを。あなたの優しさが本物だってことを。
小島克典(NYメッツ通訳)
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