|
2003/09/04
#26 「去り行く君へ」
 |
| 27歳 純平の夏 |
2003年のノーフォーク・タイズのシーズンが終わった。
リッチモンドでの最終戦はカンカン照りのデーゲームで、僕はベンチでガブガブ水を飲みながら、仲間と過ごした夏の2カ月を振り返った。タイズの仲間はいいヤツばかりで、今年の夏はいつも腹筋がちぎれるくらい笑っていた気がする。試合後のクラブハウスでは握手抱擁ごちゃまぜのバイバイがあって、あぁこのメンバーで野球をする事はもう2度とないんだなと思った。そして純平との別れも近いんだなと思った。
純平は今年1年、新庄さんの身体のケアを担当した若きトレーナーで、僕らと一緒に街から街への移動を繰り返しながら、昼夜を問わず完ぺきに仕事を遂行してくれた。純平は拙い英語に臆することなく笑顔を武器にチームの輪に飛び込み、やがて部外者禁止のトレーナー室にも自由に出入りできるようになった。言葉の壁を乗り越えて、多くの選手が自らの身体を純平に預けてくるシーンは、微笑ましくも頼もしくもあった。
一昨年、昨年と400を超えた新庄さんの年間打席数は、今年はメジャー・マイナー合計で250打席ほどに減った。しかし一昨年、昨年と夏場に1度ずつDL(*)に入った新庄さんは今シーズン、ケガとは無縁のシーズンを送った。3年間で初めてのことだった。
30歳を超えたアスリートの肉体が多くの上積みを望めない事実を加味すれば、累積疲労値が最大のはずである今シーズンを、ケガなく過ごせた事は大きな収穫だと思う。純平のおかげだとも思う。
メガネ愛用者の純平は、マッサージを施術する時だけメガネを外す。最初はそれが不思議に思えた。でも額に汗をにじませながら、深夜まで新庄さんのケアにあたる純平を見ていると、彼が心の眼(まなこ)で患部をとらえていることが分かった。純平は仕事をしている時、実にいい顔をしてた。
打撃投手をしていた時、L字ネットからはみ出た僕の右肩に弾丸ライナーが直撃した事もあった。アイシングをしてくれた純平に、僕は「2センチ外だったら当たらなかったのにな」とこぼした。すると純平は「2センチ内だったら鎖骨が折れてましたよ」と言ってくれた。技や経験だけに頼らない純平の患部へのアプローチは、よく効いた。
セプテンバー・コールアップを受け、メッツの一員となったある選手は、「9月になったら純平もメジャーに呼ばれればいいのにな」と言い残して数日前にNYへ向かった。短い期間で結果を残した純平への最高の謝辞だった。
通訳、広報、庶務、企画、トレーナー、コンディショニング、スカウトなど、選手以外にも多数の選択肢のあるMLBには、これからも多くの日本人が挑戦し続けることだろう。君がこの夏ノーフォークでこじ開けた小さな穴は、例え英語が不得手でも、メガネをかけていようとも、未来を目指す後輩たちに無限の可能性を示してくれた。
リッチモンドを去る時、少し薄色の青空にはトンボが飛んでいた。気づけば秋はもうすぐそこまで来ていた。君はやがて、どこか遠くに飛んでいくかもしれないが、近い将来、君がいた夏を懐かしむメジャーリーガーたちが、いろいろな球場で純平の笑顔を思い出す日が来るだろう。純平よ、この夏君の残した足跡は、選手の心に確かに刻まれたぞ。
小島 克典(NYメッツ通訳)
(*)Disable List(故障者リスト)の略・・・MLBには15日DLと60日DLの2種類があり、60日DLに入った場合はケガをした選手に代わり、球団は40人枠に1人補充出来るルールがある。
◆山口純平 川越東高〜関東学園大〜東洋鍼灸専門学校〜メジャートレーナーズ。埼玉県出身の27歳。
◆(株)メジャートレーナーズHP・・・www.major1007.com
|