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19日に迫ったドラフト会議(新人選択会議)。 さまざまな思いで運命の日を待つ選手を取り上げます。
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◆坂克彦(さか・かつひこ) 1985年(昭和60年)9月6日、茨城県生まれ。小学3年時に宍倉スポーツ少年団で野球を始めた。高校では二塁、三塁、遊撃をこなした。甲子園には3年連続で出場。家族は両親、兄。179センチ、73キロ。右投げ左打ち。
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木内前監督に“最後”の吉報を
常総学院(茨城)の坂克彦遊撃手(3年)は、木内幸男前監督(72)がプロへ送り出す最後の選手となる。前監督の集大成となった今夏の甲子園で優勝。「プロ入りできても、それがスタート地点です。これからも(前監督に)恥ずかしいプレーはできない」と自覚している。
走、攻、守がそろい、強いリストを生かした幅広いバットコントロールが魅力だ。甲子園決勝では東北(宮城)のダルビッシュ有投手(2年)から4回に逆転の口火となる二塁打を放ち、優勝へ導いた。近鉄の上位指名が有力だ。
今夏県大会は、不調だった。だが木内監督は試合当日の朝も打ち込み練習を敢行。豊富な打撃練習で坂も本来の力を取り戻し、甲子園では20打数7安打、打率3割5分と復活した。優勝の後、大学進学は考えず、夢であるプロ入りにかけた。木内前監督にそれを告げると「あまりにあっさり『いいんじゃないか』と言われた」と驚いた。地道な努力は認められていた。
現在、木内前監督は体調を崩して茨城県つくば市内の病院に入院中だ。10月下旬の国体出場の直前、その恩師が一時退院して常総学院グラウンドを訪れた。「一塁側ベンチで国体は指揮は執れないと説明された。心なしか、目が潤んでいたんですよ。何とも言えない気持ちがした」と振り返った。
木内前監督の体調の経過は良好だ。坂もドラフトで指名されれば「できるだけ早く報告にいきたい」という。「普通だったら頑張れ、と言われると思うけれど、いつも怒られてきましたからね。何といわれますかね」。吉報を届ける日を、心待ちにしている。【栗原弘明】(おわり)
[2003/11/19 紙面から]
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◆須永英輝(すなが・ひでき) 1985年(昭和60年)10月28日、東京都荒川区生まれ。小学3年時に荒川コンドルで野球を始めた。家族は両親、兄。180センチ、73キロ。左投げ左打ち。
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「気持ちは揺れない」あくまで巨人
ドラフトを目前にしても、浦和学院(埼玉)の須永英輝投手(3年)は黙々と練習を続けた。さいたま市のグラウンドで、体力づくりに投げ込み。練習を休んだ日はない。そして表情を引き締めて「気持ちは揺らいでないです」と言い切った。高校生には逆指名権がないため、希望球団を口にすることはできない。須永にとって、その一言が精いっぱいの意思表示だった。
希望を巨人一本に絞っている。当初は巨人のほか日本ハム、ヤクルトも2巡目指名を目指していたが、ここに来て日本ハムが回避。巨人かヤクルトに絞られた。2巡目はヤクルトが巨人より先に指名権がある。ヤクルトが広陵・西村を指名するか、西村と須永ともに指名回避すれば、「巨人須永」が確実となる。須永は巨人以外から指名された場合は社会人入りを決心している。
甲子園には2年春夏、3年春と3季連続で出場。計63三振を奪った。だが2年夏、3年春といずれもサヨナラ負け。今夏は左肩に違和感を覚えて不完全燃焼だった。県大会準決勝でまたもやサヨナラ負けを喫し、高校野球を終えた。「悲運の左腕」は思い直した。「自分にはまだ力が足りない。もう一度体をつくって、3年後を目指しても遅くない」と社会人入りも視野に入れるようになった。
抽選なしの「無風」が予想される今ドラフト。その中でも須永ら逸材獲得の駆け引きがある「2巡目が面白い」といわれる。運命の19日を本人は「不安と期待が入り交じった複雑な気持ち」で待ち受ける。【栗原弘明】
[2003/11/18 紙面から]
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◆黒瀬春樹(くろせ・はるき) 1985年(昭和60年)4月15日、岐阜市生まれ。早田小1年の時に野球を始める。県岐阜商入学後は1年夏の岐阜大会からベンチ入りし、同秋から遊撃の定位置を確保。2年秋からは4番主将でチームの柱。高校通算本塁打は43本。遠投100メートル超、50メートル5秒9と抜群の身体能力を誇る。180センチ、82キロ。右投げ右打ち。
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名門のスラッガーは日本一
「県岐阜商」は知っていても、黒瀬という名前まで知っている人は相当な通のはず。名門・県岐阜商の黒瀬春樹遊撃手(3年)は、甲子園出場経験もなく全国では無名の存在だがダイエー、横浜、近鉄など10球団から調査書が届いた逸材。堂々、ドラフト指名候補として運命の日を迎える。
ただ黒瀬本人には、周囲の高評価がピンと来ない。「インターネットとかで(指名)予想を見ています。指名されたらうれしいんですけど…」。黒瀬が遊撃の定位置を確保した、1年秋からの最高成績は県大会4強。甲子園どころか「東海(大会)にも行ってないんですから」。戸惑いを隠せないのも無理はない。
晴れ舞台とは無縁だが、能力は折り紙付き。今年2月に、用具メーカーが行う測定でスイングの速度を計測したところ、最速139キロという高校生としては驚異的な数値をたたき出した。同時期に西日本の強豪延べ140校計約3000人からとったデータ中、NO・1。130キロ台は黒瀬1人だけ。測定担当者は「新規格バットになってからそんな数値は出たことがない」と「日本一」のお墨付きを与えた。
スイングスピードは通常日本のプロ選手で140キロ台、メジャーで150キロ台といわれているから、黒瀬の潜在能力の高さが分かる。その高速スイングで高校通算43本塁打を記録した。遠投100メートルを超える強肩も魅力。無名の大型遊撃手は、高校3年間で初めてスポットライトを浴びる記念日を信じて待つ。【八反誠】
[2003/11/17 紙面から]
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◆グエン・トラン・フォク・アン 1985年(昭和60年)4月24日、兵庫・姫路市生まれ。小5から城東野球クラブで野球を始め、東光中では2、3年と中播大会準優勝。高校1年夏に背番号16で甲子園に出場し、3回戦進出。主将を務めた3年センバツは鳴門工(徳島)を1安打完封、花咲徳栄(埼玉)との延長15回再試合での勝利など好投を見せ、4強入り。177センチ、72キロ。左投げ左打ち。
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プロへの憧れ、東芝への信義
「ベトナムの星」グエン・トラン・フォク・アン投手(3年=東洋大姫路)がドラフトを待っている。1年夏の甲子園デビュー時、ベトナム人の両親を持つ経歴で注目され、今はプロ候補で脚光を浴びる。兵庫・姫路市で生まれ育ち、大の阪神ファン。岡田阪神などプロからの上位指名を待つ。
すでに8球団から、進路調査書が届いた。ただ現時点では、上位指名を確約している球団はない。「上位で指名していただけない場合は、社会人で力を伸ばします」とアンは言う。上位にこだわるのは、就職先に東芝が決まっているためだ。
藤田明彦監督(46)は東洋大姫路着任前、社会人の東芝府中の監督だった。手塩にかけてきたアンを送り出す先に、監督自身縁の深い名門を選んだ。アンの将来を思えばこその進路選び。下位指名でプロに固執すれば、その東芝に「失礼になる」という判断。プロ待ちを認めてくれた相手への信義は守らなければならない、と監督と話し合い進路を決めた。
アンは「今は、東芝にお世話になるつもりでいます。プロの指名を待って、なかった時につらいから」と語る。ただ両親を含めアンの活躍を支援してきた周囲は「ベトナムの星」の1日も早いプロ入りを願う。アン自身も、経済的に苦労をかけた家族に恩返しをしたい気持ちがある。強いプロへのあこがれもある。進路の分かれ目とする上位指名が届くのか、落ち着かない日々が続く。【堀まどか】
[2003/11/16 紙面から]
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◆吉田幸央(よしだ・ゆきひろ) 1985年(昭和60年)9月13日、横浜市生まれ。矢向小3年で野球を始め、以来投手一筋。矢向中時代は「鶴見シニア」で全国大会にも出場した。03年の1試合平均奪三振は13・76個で打者2人から1三振を奪った計算。軟式ボールでも140キロをマークした。主な変化球は高速スライダーとカーブ。家族は両親と姉。179センチ、73キロ。右投げ右打ち。 |
ゴールは世界一、でも…
城郷(しろさと=神奈川)の吉田幸央投手(3年)。今夏「東海大相模からの転校生」として注目を集めた怪腕は、ドラフトで指名されなかった場合にはアメリカに渡る決意を固めている。
誰もが指名を心待ちにするドラフトを、吉田は複雑な気持ちで迎える。「やっぱりアメリカへの思いは強いっスね」。先月、大リーグ、パドレスの入団テストに合格し、すでにドラフト後にマイナー契約できる状態にある。一方、国内では将来性を評価するヤクルトなどがリストアップしており、18歳の気持ちは揺れている。
この夏の初戦、国内8球団のスカウトを集めた事実より、パドレス佐野スカウトが視察していたことに目を輝かせた。「いつか絶対に世界一のマウンドに立ちたいんです」。名門校を去り野球も捨てた絶望の2年前から、ここまではい上がってきた。「だからアメリカでも、絶対に一番上まで駆け上がってみせる。言葉の壁なんてどうにでもなる」と自信を持つ。ただのビッグマウスではない。夏以降もトレーニングを重ね、自慢の速球は9月、全国の高校3年生の頂点となる147キロをマークした。「進化は止まらないっスよ」と不敵に笑う。
佐野スカウトは「メジャー昇格できる可能性のない選手は絶対にとらない」という。吉田も「実力で勝ち取った切符だからこそ大事にしたい」と目は本気だ。だからこそ、19日が不安だ。「指名されたら? 自分を本当に必要としてくれるチームになら行きます」と慎重に話した。でも、どんな道を進んでも目指す場所は変わらない。「絶対に世界一のマウンドに立ってやる」。ゴール目指して、吉田幸央はひたむきに突き進んでいく。【金子真仁】
[2003/11/15 紙面から]
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