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2004/01/29
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「だまし」を楽しむ
―コンフィデンス(2月7日公開)―
66年から続いたテレビシリーズ「スパイ大作戦」を見ていれば、たいていのだましのトリックは既知のこととなってしまう―もっとも、よりリアルな設定を求められる映画では、メンバーの変装名人が特殊メークで対象人物になりきり、その家族や側近も本人と思い込むという筋書きを納得させるには相当もっともらしい工夫を凝らさなければならないが―。
あの荒唐無稽ともいえる“特殊工作”に当時は心底驚嘆するとともに、私のドッキリ沸点は上がっていった。つまりなかなか驚かなくなり、多くの仕掛けを先に読み解いてしまうつまらない人間になってしまった。
が、このシリーズでだましのトリックに慣れ親しんだ私も「スティング」(73年)にはうなった。だまされた。ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、そして敵役にロバート・ショウという豪華キャスト、ジョージ・ロイ・ヒルが監督したこの作品は30年代のシカゴ、つまりギャング抗争の真っ只中が舞台だ。
銃弾ではなく、頭脳で相手を出し抜くことを粋と考えるコンマンと呼ばれる男たち(平たく言えば詐欺師)が主人公で、最後は極めつけのトリックで敵役のボスを陥れる。だましのキーワードは「死体」だった。死んだはずが…実は、というタネ明かしである。だまされるのはこのボスだけでなく観客全員であり、最後のどんでん返しに誰もが膝を打つという仕掛けである。
実は今作もキーワードは「死体」だ。だから、「スティング」を何度も見た私のような人間にとっては嫌でも読めてしまうところがある。大好きな「NYPD15分署」(99年)を撮ったジェームズ・フォーリー監督がメガホンを取り、気鋭と言われるダグ・ユングが脚本を書いたこの作品は「スティング」の数倍複雑な、だましが二重三重に積み上げられる構成になっているが、実にていねいに伏線が張られており、それが大いなるヒントにもなっている。最後までだまされて膝を打つのもいいが、それを解きながら当てる喜びを味わうのも一興だと思う。
舞台は現在のロサンゼルス。天才詐欺師ジェイク(エドワード・バーンズ)はだまし取った金の持ち主が実は暗黒街の大物キング(ダスティン・ホフマン)だったことから仲間の1人を殺され、自身もピンチに立たされる。ジェイクは大胆にもキング本人に会い、だまし取った金の何十倍もの詐欺を持ちかける。
ターゲットは、表向きは銀行家、裏ではマネーロンダリングで巨額の蓄財があるキング以上のワル、モーガン(ロバート・フォスター)。新たに仲間として女スリ、リリー(レイチェル・ワイズ)も加わる。さらにジェイクを執念で追いかけるFBI捜査官ビュターン(アンディ・ガルシア)も登場する。本当は誰がカモなのか、誰がジェイクの味方なのか。一転、二転、三転…。脚本は巧妙に観客の裏をかいていく。演出もあくまでセピアっぽい色彩の様式美にこだわり、エピソードのつなぎ方、間合いもいい。「だまし」を楽しめる作品である。
ところで、このテの作品で思い出す俳優といえば「ユージュアル・サスペクツ」(95年)のケビン・スペイシーの名演はいまでも克明に覚えている。当時、無名だった彼には本当にだまされた。今回のエドワード・バーンズも、「スティング」というヒントさえなければ、十二分のだましぶりといえるだろう。
(このコラムの更新は毎週木曜日です)
【相原斎】
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