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2004/03/11
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やっぱり泣いてしまう
―クイール(3月13日公開)―
空前のペットブームである。ご近所で犬の散歩に出会わない日はない。我が家にもアメリカンコッカー(メス3歳)がいる。癒される。仕事柄夜明け近い時間に帰宅しても必ず大喜びで迎えてくれる。顔をなめられてホッとする。実はエサを与える、与えられるという明解な利害関係があるのだが、それはすっかり脇において“無償の愛”のようなものに癒されるのだ。
「盲導犬クイールの一生」は原作に泣き、NHKのドラマに泣き、そして今回の映画化でもやっぱり泣いてしまった。人間同士ではどうやっても不自然に見えてしまうであろう一途な献身、無償の愛にはどうしても涙腺が緩んでしまう。
映画版はNHK版のように断続的な放送ではなく、1時間40分一括だからクイールの成長過程で入れ替わる子役、青年役、成年役…の違いが目に付きやすいはずなのだが、かなり丹念な犬選びが行なわれたようで違和感はなかった。年毎に微妙に大きくなっているはずの、脇腹の鳥型のブチ模様も当たり前のように年齢を重ねて見えた。
前半に多くみられた犬の視線を意識したアングルは観客を犬目線に引き込もうという演出だろうし、自然な犬の動きはひたすらそれを待った忍耐力の賜物だろう。崔洋一監督とスタッフの奮闘ぶりがうかがえる。
盲導犬を拒否し、「共同訓練」がなかなかしっくりこない渡辺(小林薫)が夜パートナーのクイールと合宿訓練所をこっそり抜け出してビールを飲みに行くシーンがいい。ポケットいっぱいの小銭を駆使して自販機に挑むが、ボタンには点字表示がなく、次々に外して清涼飲料水のカンばかりを取り出してしまう。じっと見守るクイール。小銭が最後になったときにビールを当て、のどをならして飲む渡辺の姿を見るクイールが笑っているように見えたのは気のせいだろうか。
帰路、月明かりの中を歩く“2人”の長い影が少しずつ近くなる。後姿を見守るような映像は背景の何気ない田園風景にさえ奥行きを感じさせる。初めて心の底から打ち解けあったパートナー同士。渡辺の飲んだビールのように心に染みわたるシーンだ。
すでにご存じの人も多いと思うが、クイールは実在したラブラドール・レトリバーの盲導犬。盲導犬は“世襲”が習わしだが、クイールの母親は普通の家庭犬である。生ませの親(名取裕子)の強い意志で盲導犬の道を歩む。1歳になるまでボランティアで盲導犬を育てるパピーウォーカーの夫婦(香川照之、寺島しのぶ)、盲導犬としてしつける訓練士・多和田(椎名桔平)、パートナーとなった目の不自由な渡辺(小林薫)、そして彼の死。クイールの人生は出会いと別れの繰り返しで、そこに必ず喜びと悲しみがある。この変遷そのものがしっかりと「涙腺刺激装置」になっている。
印象的だったのは訓練士・多和田が何度も口にする「お前は平凡な盲導犬」というセリフだ。決して優秀ではないが、関わった人たちには忘れられない印象を残したクイール。広く親しみをもたれたのはこの「傑出していない魅力」のせいかもしれない。
(このコラムの更新は毎週木曜日です)
【相原斎】
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