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2005/02/03
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耐えられない恐怖のレベル
−THE JUON/呪怨(2月11日公開)−
ホラー映画がここぞというシーンに差し掛かっても、手で顔を覆うわけにいかない。その瞬間に手足をビクッと動かすわけにもいかない。「ちょっとやそっとのことでは驚きません」顔をしたマスコミ関係者の集まった試写室で、平均年齢より上の中年男がぶざまな姿を見せるわけにはいかない。第一、肝心の場面で目をつぶるようなことがあれば、その映画の核心ともいうべき部分を読者の皆さんにお伝えできないではないか。そこで私は映像からその気配が漂いだすと薄目になり、腰の位置を安定させ、しっかりと両手を組む。これでたいていのショックシーンに遭遇しても端から見る限り(試写室の暗闇の中では実はほとんど何も見えないのだが)いかにも平然としているように見え、まつげのフィルター越しとはいえ問題のシーンも見とどけることができるわけだ。
が、今作には以下の3つの要因で私のホラー映画対策がまったく通じなかった。(1)レベル5を最高とした場合、序盤からレベル4の恐怖シーンの導入。(2)全編に前触れ気配が充満し、恐怖シーンの始まりが読みにくい。(3)中盤から終盤にかけてのレベル5の連発。
何かあやしい気配を漂わせるものの静かに始まり、数々の布石が打たれ、中程度の恐怖があり、その背景が徐々に明らかにされ、終盤に恐怖のピークがやってくる。こちらが勝手に思い込んでいた和製ホラーの“方程式”をことごとく崩しながら進行していくのだ。
映画はビデオオリジナル版(99年)→劇場版(02年)とグレードアップしてきた作品を「スパイダーマン」(02年)で知られるサム・ライミのプロデュースでリメークしたハリウッド版だ。日本版「リング」→ハリウッド版「ザ・リング」の流れと違うのは、オリジナル版の清水崇監督がそのままメガホンを取ったこと、舞台をオリジナル版同様に日本のままにした主に2点だ。
清水監督の続投はオリジナル版への深い理解、自然な日本描写、アメリカ人を思いっきり驚かしてやろうという大胆な恐怖シーンの挿入といういい方向に働いている。舞台を日本にしたことは、オリジナル版の恐怖の源である日本家屋に張り巡らされた仕掛けがそのまま活かせるという利点にもつながった。「死霊のはらわた」(88年)でデビューしたサム・ライミのホラーものへの眼力はさすがである。
物語は日本に赴任した米国のビジネスマン夫妻、留学生カップルがある日本家屋に関わったことから巻き込まれる呪いの恐怖とその謎解きが軸になっている。異国日本で味わう米国人たちの不安感も恐ろしさを増幅させる仕組みだ。前半で述べた「予想外の展開」は時系列にとらわれない構成が原因だ。ショックシーンに始まり、その謎解き、その原因となったエピソードという具合にまず驚かせ、それから理由を明かしましょうという形で巧みに織り上げられている。詳述は避けるが、呪いの根源である母子霊がまさかここに…というオリジナル版のサプライズもしっかりと生かされている。
改めて告白すれば、試写中何度も腰を浮かしてしまったし、手足もビクッとさせた。唸り声を飲み込むのがやっとだった。最後列に座ったことが救いだった。
「スクーピー・ドゥー」シリーズのサラ・ミシェル・ゲラー、「インディペンデンス・デイ」のビル・プルマン、日本からは石橋凌らが出演している。
(このコラムの更新は毎週木曜日です)
【相原斎】
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