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2005/06/02
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信じたくなる話
−四日間の奇蹟(6月4日公開)−
最近では中村獅童と竹内結子を結びつけた「いま、会いにゆきます」(04年)があったし、「黄泉がえり」(03年)も大ヒットした。少々古くなるが、「異人たちとの夏」(88年)もこれに類する作品といえるだろう。亡くなった恋人、妻、両親との“奇蹟の再会物語”である。今作は亡くなった後ではなく、その寸前の走馬燈が回り始める頃に起こる奇蹟のお話である。
ここに挙げた前3作に比べて、今作には妙な“現実味”がある。奇蹟の再会を主人公らが比較的すんなりと受け止めてしまうこれまでの作品と違い、信じるまでの過程にかなりの時間が割かれている。スクリーンの向こう側のこととは思いながらも、少しずつ奇蹟を受け入れる登場人物たちにいつの間にか同調させられてしまう。亡くなるヒロインのそれまでの人生の不幸の連なりに比べ、奇蹟の恩恵はそれくらいあってもいいではないかと思わせるささやかなものである。
左手指の神経を断裂してしまった元ピアニスト如月(吉岡秀隆)と脳に障害を持ちながら一度聞いた旋律は一音違わず再現できる能力を持った少女千織(尾高杏奈)は、各種施設で慰問公演を行う毎日だ。如月が欧州公演中に遭遇した銃撃騒ぎで亡くなったのが千織の両親であり、彼女をかばったことによって銃弾をうけた彼の左手指が動かなくなってしまったのだった。縁もゆかりもなかった2人は、以来支え合って生きている。
慰問先の療養センターで再会したのが如月の高校時代に彼に片思いしていた真理子(石田ゆり子)だ。もともと家族に恵まれなかった彼女は高校卒業後に家族経営の老舗旅館に嫁ぎ、夢見た大家族の一員となったのだが、子供ができないことを理由に離縁されてしまう。自殺寸前のところをセンターの院長夫妻に救われ、現在では傷害を持つ老人たちとその家族に信頼されるスタッフとなっている。如月たちのことを新聞で知り、招聘したのも彼女だった。
こうやってストーリーを追っていくと、かつての大映テレビ室制作のドラマや韓流作品のように劇画チックな展開だが、「半落ち」(04年)の佐々部清監督はそれぞれのジェットコースターのような人生を淡々とした雰囲気の中に巧みに取り込んでいく。ロケ地となった山口県角島の風景に象徴される淡い色調が、紆余曲折を包み込んだような印象だ。
よりによって千織と真理子は落雷に遭い、千織をかばった真理子が瀕死の重傷を負ってしまう。センターのICUで真理子が危篤状態となったとき、ほとんどしゃべれなかったはずの千織が如月に話し掛ける。「私は真理子よ」。絶命するまでの最後の4日間、真理子が千織の体を借りて、それまで伝えきれなかった思いを告白していく。千織と如月が会話しているのを垣間見て、真理子の同僚が如月たちを詐欺師と勘違いしたり、感動の幕切れにはまだまだ紆余曲折がある。最後まで複雑なストーリー運びとは対照的に、淡色の背景、遠景を多用した映像は「何事もなかったような」印象を与える。あたふたする人間模様を瑣事に見せてしまう“天の目”である。“奇蹟”に妙なリアリティーを感じる遠因かもしれない。
千織役の尾高杏奈は14歳とは思えない幅広い演技を見せている。ほかに中越典子、松坂慶子、西田敏行らが出演。
(このコラムの更新は毎週木曜日です)
【相原斎】
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