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2005/10/20
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CGの正しい使い方
−ALWAYS 三丁目の夕日(11月5日公開)−
コンピューターグラフィックス(CG)が初めて全面的に使われたのは米映画「トロン」(82年)だといわれている。当時は革新的な作品といわれ、技術の進歩がこのまま続けば、人物造作やその動きは生身の人間に限りなく近づき、ほとんどの役者が失業するのではないか。当時駆け出しの映画記者だった私は、そんな方向にまで考えを巡らせたものだ。が、今から思えば、味気ない、一種の実験映画であったことは確かだ。一字違いで連想したわけではないが、最近では「トロイ」(04年)の“超”大型船団シーンのCG描写などに「やり過ぎ」の印象も拭えないわけで、何でもかんでも使えばいいものではない、というのが現在の率直な「CG観」である。
で、今作の何が素晴らしいかといえば、「東京の近過去」という予想以上に再現の難しい舞台が実に緻密に出来上がったことである。これぞCGの正しい使い方、と勝手に納得してしまったのだ。
ヨーロッパのように変化の少ない石造りの町並みなら、一昔前の設定でもそのまま背景に使えるだろう。時代設定が古代なら、大胆な再現CGでもそれほどアラは目立たないだろう。だが、目まぐるしく変化している東京、しかも記憶に残っている昭和30年代となるとそうはいかない。手間と費用を惜しまなければ、すべてを緻密なセットで組み上げる手もあるだろうが、映画製作を巡る環境を思えば現実的ではない。そこで高度なCG技術が生かされたのだ。
SF作品のようにこれ見よがしの脅かしはない。ふと背景をみれば建設中の東京タワーがそびえ、都電が路面を走る中規模地方都市のような銀座では和光だけが妙に目立つ、そしてうすら大きい上野駅構内の雑踏…。舞台となった昭和33年当時私は2歳で、もちろん記憶はないのだが、不思議に「あの頃」が意識できる。山崎貴監督は撮影後のインタビューの中で「あまりリアルに作りすぎると、当時新築だった建物はすごくきれいなものになってしまいます。そこはピカピカの真新しい建物じゃなくて、記憶の中から取りだしたようなものを作っていただきました」と話している。なるほど、CG、セットの隅々に行き渡ったこの考え方がノスタルジーをくすぐるのだろう。
登場人物たちが暮らすのは、建設中の東京タワーを仰ぎながら、未舗装の道路の両側に古びた商店が並ぶ夕日町3丁目だ(現在の虎ノ門3丁目付近を想定しているという。もちろんまったく面影はないが)。自動車修理工場「鈴木オート」の主人(堤真一)は短気で言葉使いは乱暴だが根は優しい。妻(薬師丸ひろ子)は丈夫で明るい。昭和30年代の典型的風夫婦を中心に、売れない小説家(吉岡秀隆)、集団就職の少女(堀北真希)、元踊り子のマドンナ(小雪)、そして純朴な子供たちの人情話が絡まりながら春夏秋冬が描かれる。
画質の荒いニュースフィルムか、いかにも作り物というテレビドラマでしか見ることの出来なかった世界が緻密な映像で再現される。力道山見たさに町中の人間が1台のテレビに群がる熱気はさすがにひとずてにしか知らないが、プロレス好きの祖父がその中継の度に掘りごたつを無意識のうちにガタガタと揺すっていたことは覚えている。少なくとも昭和30年代以前に生まれた人ならば、思い当たる「匂い」や「空気」があるはずだ。
背景の話に大半を費やしてしまったが、原作となった西岸良平氏のコミック「三丁目の夕日」に描かれた心温まるエピソードは厳選され、しっかりと織り込まれている。何度か見直し、味わいたくなる作品である。
(このコラムの更新は毎週木曜日です)
【相原斎】
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