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映画評

    2004/05/15 バックナンバーへ

自分の痛みが癒される映画

「世界の中心で、愛をさけぶ」(日)

 原作と映画。どちらも涙腺を刺激される。しかし、その2つの涙は少し意味合いが違う。前者はいわば「喪失の物語」だった。行定勲監督は最後の数ページに目をつけ、深い喪失感を抱えた人間がどう再生していくかという視点を加えて、救済の物語にした。この工夫が、より多く、濃厚な涙を誘っている。

 まず涙の蛇口をひねるのは、高校時代のアキ(長沢まさみ)とサク(森山未来)だ。スクーターの2人乗り、無心に焼きそばパンをほお張るサクの姿を見つけたアキの笑顔、決して特別でない、だれもが持っている最も楽しい思い出を実にみずみずしく丁寧に描ききる。渡辺美里や佐野元春の懐かしい曲が、未来を信じて生きる2人を後押ししている。まるで見る者一人ひとりが、お気に入りの音楽を聴きながら、自分のアルバムを見るかのような気持ちにさせられる。

 その幸福感があまりに鮮烈だからこそ、残されたサク=朔太郎(大沢たかお)が抱える痛みの深さが突き刺さってくる。しかし、残された者には未来という現実が厳然としてある。絶望だけでは、それこそ現実世界のままに終わりかねない。映画は、1つの救済を提示した。原作にない婚約者、律子(柴咲コウ)だ。

 「思い出、面影、楽しかった時間がシミのように残るんだよ」。やはり痛みを抱えた重じい(山崎努)の言葉だ。確かにシミは簡単に消えるものではない。人によっては目をそむけていたいこともあるだろう。だが、朔太郎は律子によって未来をみいだすとともに、高校時代の輝きの重さ、大切さと初めて正面から向き合い、それまで以上に理解できるようになる。すべてがそううまくいくとは限らないけれど、いつか自分が持っている痛みもこんな風に癒やされる可能性がある。そう思わせてくれる映画である。

(このコラムの更新は毎週土曜日です)

【近藤由美子】
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