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第347回    坂本昌行  
2003.01.26付紙面より


ジャニーズ出戻り…僕はカメ

 みずからをカメという。V6の坂本昌行(31)。ジャニーズ事務所に入ったが、1度、旅行会社に就職した異色の経歴を持つ。リーダーとしてメンバーをまとめ、舞台俳優として活躍する今に、ちょっと遠回りだったかもしれない、そんな経験が生きている。


舞台中心に活動

 主演舞台「シェルブールの雨傘」の東京公演があす27日、千秋楽を迎える。インタビューは、13日間18公演の合間を縫って行った。疲れ、緊張感など一切顔に出さず、最後まで質問に丁寧に答えた。V6結成8年目。10歳離れたメンバーもいるグループのリーダーとしての気持ちと姿勢が、自然と伝わってくる。

 「シェルブール―」は00年9月に続く再演。カトリーヌ・ドヌーブが主演した名作ミュージカル映画の舞台化で、雨や雪を降らせる演出の中、1時間45分の間に15曲歌い、踊り、10回の着替えをする。

 坂本 難しい作品ですが、前作と同じような気持ちで考えていると、前回までのレベルに達しない。常に上にという意識を持っていないとダメ。やってきたことをどれだけ自信を持って、リアルにやるかだけです。あとは、初日とか千秋楽とか、考えないようにしています。節目を意識すると、変に緊張しちゃう。メンバーは知ってますが、緊張するとテンパっちゃうんです(笑い)。すぐ気づきます。微妙に動きが違ってきますから。

 92年に「阿国」で初舞台を踏んでから、舞台の魅力にとりつかれた。舞台上の自分と観客の生の息遣いが、瞬時にリアルに伝わる。他のメンバーとは違い、ドラマより主に舞台を中心に活動している。01年には、米の名作青春映画「フットルース」(84年)のミュージカル版を中沢裕子(29)と共演した。昨年の再演では今井絵理子(19)とコンビを組んだ。

 坂本 再演には本当に慎重になるんです。基本的には初演に勝るものはないと思っていますから、それより質が落ちると、ファンを、見に来てくれた人を裏切ることになる。だから、常にレベルアップしなければと考える。ドラマとか映画は再放送やリバイバルで済むけど、舞台はそうはいかない。

 「シェルブール―」はジャニーズ事務所が買収した東京グローブ座(東京・新大久保)での、初の舞台公演である。同座はシェークスピア劇場として名作が上演され、数多くの演劇ファンを集めてきた。今後、井ノ原快彦(26)の「トイヤー」(2月2〜17日)、長野博(30)の「フォーティンブラス」(2月24〜3月11日)が上演される。坂本は、所属タレントのトップを切って、この名門ステージに立った。

 坂本 いろんな方に「トップバッターだね」と言われるんですけど、結局、トップでもセカンドでも一生懸命やることには変わらない。僕自身、全力投球できれば成功だと思う。言われるたびにこっち(左耳)からこっち(右耳)へ流してました(笑い)。


旅行会社に就職

 今でこそリーダーとして存在感を示しているが、ジャニーズ事務所を辞め、旅行会社に転職した異色の経歴を持つ。

 中学時代の夢はバレーボールの実業団選手だった。強くはなかったが熱中した。ジャニーズ系のアイドルとして現在の178センチは長身。中学時代から背が高く、夢を持って高校に進んだころ、バレーコートではなく、画面の中で脚光を浴びるアイドルの姿が、目に飛び込んだ。

 坂本 中3のころに歌番組で少年隊や光GENJIを見て、カッコイイなあって。最初は「別世界」と感じましたが「おれみたいなのでも入れるのかな」と、単純な気持ちで履歴書を送りました。今から思うと、おれでも通用するのかどうかを、確かめたかっただけだったと思う。目的は受かること。その後のことは考えていませんでした。

 間もなく“目的”が達成された。一応、家族のOKも出て、高校でバレーボールを続けながら、レッスンを受けた。ところが、その後を深く考えていなかったスポーツ少年にとって、人前でのダンスや歌の練習は恥ずかしかった。あっという間に、レッスン拒否となった。

 坂本 1カ月くらいしたら「事務所に来なさい」って電話がかかってきました(笑い)。行ったものの、すぐに同期と話し込み、振付師に「帰れ」と怒鳴られて。優等生ではなかったので、素直に帰りました。

 そんな日々が続いた。ある時、華やかなステージとは正反対のステージ裏や通路で、地道にダンスの練習を重ねる先輩たちの姿をまじまじ見た。

 坂本 テレビで初めて見た芸能人は諸星(和己)君(32)だったんですが、テレビに映っていないところでも、しっかりとレッスンしていた。なんか感動して。ここまで、ちゃんとやらないとだめなんだと痛感しました。レッスンでも踊れない自分が恥ずかしいと思った。踊るのが恥ずかしいのではなく、下手な自分が恥ずかしいと思った。

 家でもダンスの練習をするようになった。野球選手が畳の上で素振りをするように、畳の上でターンの練習を重ねた。しかし、バックダンサーとしてですらコンサートやテレビに出られるタレントはごくわずか。練習を重ねたが、後輩たちにも追いつかず、越されていった。二兎追うものは一兎をも得ず。実業団入りも夢となっていた。

 将来への不安、焦り。高校卒業後、芸能界をあきらめ、事務所を辞めた。

 坂本 20歳前でした。知人に「違う世界を見るのも勉強」と言われて、旅行会社に就職したんです。最初は楽しかったけど、1年もしないうちに「本当にやりたくてここに来ているのだろうか」って思うようになった。離れて、初めて自分のやりたいこと、やり残したことに気付いたような気がした。「もう1度、頑張ってみたい」と思った。

 自分から飛び出した形だった。自分の力では無理だと思い、同期でもっとも仲のよかった国分太一(28)に仲介を頼んだ。何としてでももう1度、チャンスが欲しかった。一緒に頭を下げた。一般企業のように、辞表を出して辞めたわけではなかった。「やる気」を大切にしていた。

 さらに追い風もあった。SMAP(スマップ)がデビューを控えていたころ。同グループは「スポーツと音楽の融合した人々(S=スポーツ、M=ミュージック、A=アッセンブル、P=ピープル)」を意味する。当時、音楽番組が激減し、同事務所でもバラエティー番組やスポーツイベントに積極的に進出しようとしていた。ダンスを恥ずかしがっていたスポーツ少年に、存在意味が出ていたのだ。

 事務所側はレッスン再開を認めてくれたが、出戻りに、そう簡単にチャンスはこなかった。再び先の見えない不安にかられ、当時、付き人をしていた少年隊の東山紀之(36)に相談した。「精いっぱいやっていれば、だれかが絶対見てくれてる」。この言葉で目が覚め、迷いは消えた。猛レッスンを続けた。

 坂本 空白期間があったからこそ、仕事に対してのどん欲さは忘れません。自分はカメだと思っています。遠回りしたなと言われますけど、逆にそれで分かることもある。もちろん遅れた後悔もあるので、今はなんでも吸収しようと音楽でもお芝居でも、スタッフに質問攻めですよ(笑い)。


大きくまとめる

 V6のメンバーとして95年11月、自分がこの世界に入るきっかけとなった光GENJI解散の翌日に、ワールドカップバレーボール大会のイメージキャラクターとしてデビューした。

 かつて夢見たバレーボールがデビューの場となった。年齢は24歳。普通に大学を卒業し、就職していたら2年目の社会人。やっとめぐってきたチャンスに、リーダーという立場で頑張った。そして、V6は押しも押されもせぬ人気グループになった。

 坂本 V6としての僕なりの理想はあったけど、無理です(笑)。6人が同じ考えになるはずがない。まとめるコツですか? まとめないことですかね(笑い)。ギュッと小さくまとめると苦しくなるので、大きくまとめると話しもしやすくなる。20代は一生懸命、胸を張って肩を上げて、威張っていたような気がします。30歳になってからは力が抜けて、周りが見えるようになりました。何かが吹っ切れたわけではないのですが、自然に力が抜けるようになって、ますます意欲がわいてきた。年齢は言い訳。常に上へ、と思い続けたい。

 確かに遠回りしたカメだったかもしれないが、その歩みは、間違いなく、今につながっている。


やる気なく見えて、実はセンス抜群

 ジャニーズ事務所で坂本と同期のTOKIO国分太一 初めてオーディションで会った時は動物のプリントTシャツを着ていましたね。かわいい自分をアピールしてきたなと思いましたね(笑い)。3つしか年が離れていないのに話し方や考え方、すごい年上に感じました。事務所を辞めて、また入るときに坂本君から「入りたいんだけど(社長に)聞いてみてよ」と電話がきて、本当はすごく戻りたくて電話をしてきたと思うんだけど。それで自分が(社長に)電話して「やりたいと言ってましたよ」とお願いしたんですけどね。感謝してもらわないと。もともと努力する人なんですけど、その姿を人に見せないし、絶対に言わない。ピュアすぎて、恥ずかしがりで、やる気がないように見せますね。何をやってもうまいし、天性の物を持ってるんじゃないかな。違うグループですけど、ゆっくりと一緒にやっていきましょう。


 ◆坂本昌行(さかもと・まさゆき) 本名同じ。1971年(昭和46年)7月24日、東京生まれ。坂本、長野博(30)井ノ原快彦(26)森田剛(23)三宅健(23)岡田准一(22)でV6として、95年11月「MUSIC FOR THE PEOPLE」でデビュー。坂本、長野、井ノ原の年長グループ20th Century(トニセン)と、森田、三宅、岡田のComing Century(カミセン)に分かれている。趣味はプラモデル。トニセンは4月20日の大阪フェスティバルホールを皮切りに18カ所36公演の全国ツアーを行う。178センチ。58キロ。血液型O。

 ◆シェルブールの雨傘 カンヌ映画祭グランプリなど各映画賞を受賞した64年公開映画の舞台化作品。00年9月に続く再演。ヒロインの藤谷美紀(29)とのラブシーンも注目。東京グローブ座公演後、30日から大阪・近鉄劇場で4日間6公演を行う


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(取材・米村洋志
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