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第353回    森山良子  
2003.03.09付紙面より


平和への祈り歌い続ける

森山良子  「さとうきび畑」「涙(なだ)そうそう」が注目され多忙を極める。歌手森山良子(55)。前者は、激戦を極めた沖縄のさとうきび畑に眠る戦没者の叫びを「ざわわ…」という風の音で表現している。戦争やテロの恐怖が消えない世界情勢の中、聴く者の心をとらえて離さない。かつてフォークソングのアイドル的存在だったが、10分18秒もある同曲を、平和への祈りとして歌い続けている。

 写真=きわめて私事ですが、撮影していて私の母千恵子と同じ年であることが信じられなかったです。去年のプロ野球キャンプで1カ月滞在した沖縄は、どこに行っても「涙(なだ)そうそう」が聞こえてきました。身近なものの訃報を聞いた夜、酔うためだけに飲みに出て、泣くためだけに、この曲を歌いました。那覇の路地であふれた涙の分だけ、悲しみは消えました。森山さんのやさしい笑顔を撮りながら、また余計な事を思い出しました=撮影・川口晴也


戦没者の叫び

 昨年、沖縄を舞台にした2つの歌で、いままで以上に脚光を浴びた。作曲・BEGIN、作詞・森山で、夏川りみ(29)が歌いヒットした「涙そうそう」と、10分18秒という異例のロングソング「さとうきび畑」である。

 昨年末の日本レコード大賞では「涙−」で作詞賞。「さとうきび畑」で金賞と最優秀歌唱賞を受賞した。レコ大の賞は69年に「禁じられた恋」で大衆賞を得て以来33年ぶりだった。

 夏川は「涙−」で、BEGINは別な曲ながら、ともにNHK紅白歌合戦に初出場した。かかわった歌手の活躍も、森山の存在感を一層高めていた。

 森山 長い間いろんなことをやってきたことが少しずつ実を結んで、充実してきた感じ。うれしいですね。人が賞をもらっているのをずーっと見てきたので、最初は「えー」という感じでした(笑い)。

 3冠の喜びはもちろん大きいが、それ以上に「さとうきび畑」で評価されたことがうれしかった。

 音楽家の寺島尚彦氏が64年に沖縄を訪れた際、南部の戦跡を回り、さとうきび畑で案内人から「戦没者の遺骨が、いまも埋まったままになってます」と言われたことに衝撃を受け、3年の年月をかけて完成した大作である。歌詞には「ざわわ」という擬音語が66回も登場する。さとうきび畑を通り抜ける風の音に、戦没者の叫びを表現した。

 同曲は、歌手生活35周年を迎えた01年12月に、レコード会社移籍第1弾シングルとして発売された。再発売で、69年のLP「カレッジ・フォーク・アルバムNO2」の収録曲だった。当時から一部の間で話題になり、これまでちあきなおみや上條恒彦ら多くの歌手に歌われた。激戦を極めた沖縄が舞台の歌として教科書にも載った。


荷が重過ぎて

 「さとうきび畑」が評価された喜びは、長く歌ってきたからではない。実は、森山がこの曲を受け入れるまで時間を要した。できれば歌いたくないと思った時もあった。しかし今は、この曲を歌い続けなければならない大切さ、責任を痛感している。だから、とてもうれしかったのだ。

 森山 戦時中に新春期を迎え、戦いの中で数多くの人々が命を落とした世代だからこそ、寺島さんの心の中にこの歌を作ろうという思いが沸き起こったと思うんです。私は、戦争を知らない子供たちの世代だったので、この歌を受け入れる実感がなかった。歌うのがうそっぽい気がした。私たちは、平和そのものの中で育ってますから、こういった反戦歌とか、そういった部分を自分の中から排除したいと思い、活動してきた面もあったんです。

 日本のジャズの草分け的存在のトランペット奏者森山久氏を父に持つ音楽一家に育ったせいもあり、寺島さんとは以前から知り合いだった。一緒に仕事をする機会ができたとき「この歌を歌ったら」と提供された曲だった。森山は当時デビュー2年目。カレッジ・フォークのアイドル的な存在で、どこのテレビ局で歌っているのか分からないほど、多忙な毎日だった。

 世は、安保闘争で激動の時期を迎えていた。デビューした67年には「フォークの女神」と呼ばれたジョーン・バエズが初来日し、共演する機会を得ていた。森山は「和製バエズ」とマスコミに書き立てられた。バエズは「勝利を我らに」などベトナム反戦歌を歌う、反戦フォーク歌手だった。卓越した歌唱力から「和製バエズ」と称されたのだが、森山は当時「そう呼ばれるのいやなんです。私はただ歌が好きで歌っているだけで、バエズほどえらくないから」と答えた。

 父の影響で、ジャズも歌いたく、レッテルをはられるのを拒んだ時期だったのだろう。「さとうきび畑」は、そんなころから歌い始めたのだ。

 森山 しばらくして、お客さまから「聞きたい。『ざわわ』を聞きたいんです」っていうリクエストが続くようになったんです。嫌でも歌うはめになった。私には荷が重すぎて、楽曲としても歌唱の力としてもそうですが、難しい歌だった。でも、長いことコツコツと歌ってこれたのは、口はばたい言い方ですが、お客さまが「聞きたい」と言ってくれたから。避けたいと思ったけど「そうじゃないんだよ。これが聞きたいんだよ」という思いが、私の認識を徐々に変えて行ってくれたんです。


世紀をまたぎ

 この歌の大切さを再認識させる言葉があった。戦争の時代を生きた母親の一言だった。湾岸戦争が起きた91年、コンサートを見に来ていた母から、胸に刺さる言葉をかけられたのだ。

 森山 このころも「愛」や「恋」だのといった歌を中心に歌ってたんです。いつも辛らつなことを言う母が「世の中がこんなことになってるのに、愛だの恋だのなんて、ちゃんちゃらおかしくて、なんかもうちょっと考えて歌ったら」と言ったんです。実にそうだな、と思った。母がいうようなものもしっかり歌っていかなきゃいけないと、心に深く刺さりましたね。

 その一言がすべてではないが、デビュー当時からくすぶっていた「こだわり」は消えた。同時に曲の歌い方も変わった。10分18秒、同じようなメロディーが繰り返される11フレーズ余りを、どのようにして伝えるか。感情を込めて、ファンの涙を誘ったこともあった。しかし、行き着いたのはシンプルな表現だった。

 森山 「ここで感情移入してドラマチックに盛り上げよう」と計算しながら歌ったころもありました。でも、ちょっとむなしいかったですね。寺島先生が、沖縄で感じたことを、何年もかかって言葉にし、大事に大事にメロディーにのせたのだから、私が普通以上に泣いたり、わめいたりする必要はない。寺島さんのこの歌は、戦争を経験した人の精神性の中から生まれてきた。だかこそ心の中まで入り込んでくる強さを持っている。私は言葉を、メロディーを伝えればいいんだと、気が付きました。

 同曲は35周年記念曲として再発売されたが、世紀が変わり「21世紀に残したい」という強い思いもあった。01年8月に再レコーディングを行ったが、翌9月11日、米中枢同時テロが起こった。スタッフの間から「テロに便乗した印象を与えてしまうかも。発売時期をずらそう…」という声も上がったが、森山もスタッフも揺ぎなかった。

 今、米国のイラク攻撃が始まろうとしている。テロの恐怖も消えない世界情勢。同曲は、世紀をまたいで聴く者の心をとらえた。

 森山 今は歌い出すと、客席の皆さんがでいろんなことを感じてるのがよく分かるんです。1人ひとりが自分の背景を思い、世界中の幸せを強く強く思いながら聴いている。それで涙が出てくるんだと思うんです。約10分間、この曲を聴いてる時間は、ひたすら平和を祈っている。そういう時間は、日常の生活にはまずない。歌を通して平和を祈って考える。すごくいい時間だと思います。


それぞれの涙

 「涙そうそう」もロングヒットしている。97年にコンサートでBEGINと出会い意気投合し、一緒に曲を作ることになった。テープが届き、タイトルの「涙そうそう」は沖縄で「涙がぽろぽろこぼれる」様子と知り、23歳の若さで他界した1つ違いの兄のことを思って詞を書いた。

 森山 きっとだれかが空から励ましてくれているという思い。だれにでもあると思うんですけど、自分の中でずーっと引きずっていて、詞にしてみました。沖縄に行ったとき、おばあちゃんが歌って欲しいというので、歌ったら、最初、楽しそうに踊ってくれた。ところが、突然、泣き出したんです。沖縄の女性は耐えて生きてきたから、あまり涙は見せないと聞きます。私は兄を思い、おばあちゃんは、もしかしたら、あの時代を思い出したのかもしれない…。それぞれの「涙そうそう」があっていい。だからこそ、歌って面白いと思う。りみちゃんが歌ってくれて、ヒットしてすごくうれしい。

 通算コンサート2000本以上、通算動員は320万人以上という。しかし、数字では決して表せないものを、今も人々の心に残し続けている。


ボディーブローのように効いてきた

 いとこで歌手のムッシュかまやつ(64) 親せきなので手前みそになってしまいますが、一言で言うとメチャメチャいい人です。お嬢様に見えますが、心にしんがある人だと思います。とっても気が合いますね。初めて「さとうきび畑」を聴いたときは、私は暗い音楽が嫌いなので少々「ざわわ…」の部分が耳障りでしたが、その繰り返しが変に感動してしまうようになりました。ボディーブローのように効いて、ロングセラーになったのでしょう。よく詞を覚えていられるなぁ(笑い)。ぼくにとっては永遠に「ヒーロー」ですね。


 ◆森山良子(もりやま・りょうこ) 本名森山良子。1948年(昭23)1月18日、東京生まれ。成城学園高卒。67年に「この野原いっぱい」でデビュー。「今日の日はさようなら」「ある日の午後」などヒット曲多数。80年、中尾ミエ(56)とテレビ東京「ミエと良子のおしゃべり泥棒」に出演。人気番組として7年間続く。女優としても活躍。14日の宮城県民会館を皮切りに全国ツアーをスタート。森山、BEGIN、夏川による「涙そうそう」スペシャルバージョンが収録されたアルバム「森山良子 ことばは風」を26日に発売する。長男の直太朗(26)は昨秋、ミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」で歌手デビューした。血液型B。


(取材・笹森文彦、米村洋志)
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