|
2003.09.14付紙面より
|  |
| 写真= 初めて取材したのは93年の舞台「マイ・フェア・レディ」の制作発表会見。大地さんはロングドレスに身を包みさっそうと登場。スレンダーなボディーに透き通った肌…完ぺきだった。同性の私も思わずうっとり。あれから十数年がたち、今回のインタビューで再会した。透き通る肌はもちろん、抜群のプロポーションも健在だった。同じ人間でありながらこうも違うのはどうしてなのだろうか? と考える自分がいた |
| (撮影・たえ見朱美) |
 |
毎日挑戦の積み重ね「そうなんだ」とケロリ
今年、芸能生活30周年を迎えた女優大地真央(47)が、記念の年の締めくくりとなるミュージカル「十二夜」(10月5日初日、東京・帝国劇場)のけいこに入っている。「宝塚の同期生に『20年も主役しかやっていないなんて、すごいことよ』と言われて、あらためてそうなんだ、と思っちゃった」とケロリと言うあたりが、大物の大物たるゆえんかもしれない。ミュージカルの第一線を走り続ける大地の素顔に迫ってみた。
私はダイチです
「ローマの休日」のおちゃめな王妃、「風と共に去りぬ」の生命力にあふれたスカーレットを想像しながら、大地の到着を待った。部屋に入ってきた大地はストレートの髪、黒系のレース地のロングドレスという、どちらかというとシックなスタイルだったが、彼女の周囲には、スターだけが持つオーラがきらめいていた。
−−30周年の感慨は?
大地 気がついたら30年たっていた、という感じで特にないんです。ただ、記念パーティーで宝塚の同期生に「(82年に宝塚月組のトップスターになって以来)20年間、主役しかしていないって、すごいことよ」と言われて、あらためてそうなんだ、と…。でも自分の中では、常に目の前の次の作品のことしか考えていないので。
女優転向第1弾の会見だったと記憶するが、ある記者が「タイチさん」と呼び掛けたら、キッと目を向けて「私はダイチです」とき然とした態度で言ったシーンを思い出す。自己にも周囲にも厳しい人というイメージが強い。だからこそ、退団後も帝国劇場、日生劇場、青山劇場、新橋演舞場の大劇場で主演舞台を務めてきたのだろう。作品も「マイ・フェア・レディ」「カルメン」「エニシング・ゴーズ」「サウンド・オブ・ミュージック」「クレオパトラ」「椿姫」など大作ばかり。10月に、シェークスピアの喜劇を世界で初めてミュージカル化する「十二夜」が待っている。
大地 この企画を聞いた時は、大変そう、でも面白そう、と役者心をそそられました。シェークスピア劇は86年に「野田秀樹の十二夜」をやりました。その時はストレートプレー(せりふ中心の普通の芝居)だったんですが、双子の兄妹のセバスチャンとヴァイオラの2役でした。今回は妹のヴァイオラだけですが、男装するという設定なので、出番のほとんどが男装になりそう。
−−女優として、座長として、これだけは守っているということは
大地 1回1回の舞台を真剣勝負というか、手抜きをしないということかしら。手を抜くというのは自分にうそをつくみたいで嫌いなんです。心がけというか、性分です。舞台って総合芸術ですし、本当に満足するのは1公演に1回あるかないかです。だからこそスタッフ、キャスト一丸となって毎日挑戦するんです。
大地は毎公演、舞台のもようをテープに録音している。「公演後、聞き直して歌、せりふのチェックをして、反省する」ためだ。けいこ場でも自分が納得するまで次へ進まないため、けいこがストップすることがよくあるという。そんな完ぺき主義者の半面「ダジャレの名人ですよ。重い雰囲気になった時など、彼女のひと言でがらりと明るくなったこともしばしば」というスタッフの証言も。座長としての周りへの気配りは親分肌タイプで「ローマの休日」大阪公演千秋楽の翌日、有馬温泉に共演者約50人を招待、慰労した。太っ腹座長なのである。
父が戦友と相談
大地真央という、大きさを感じさせる名前そのまま、スケールの大きなミュージカル女優をはぐくんだのは瀬戸内海の淡路島だった。「幼稚園のころは舞妓(まいこ)さんにあこがれていました。その後はバスガイド、タップダンサー、女優とだんだん芸能界志向に」と言うが、堅い一方の父親が難関だった。「ミス・セブンティーンというコンテストに応募して東京での最終審査まで進んだのに、父が『絶対行ってはならん』と言うのであきらめました」と最初の芸能界入りのチャンスを逸している。
−−よく宝塚に入るのを許してくれましたね
大地 私が芸能方面へ行きたいというので、父が戦友に相談したんです。その人が「宝塚歌劇団は軍隊のように規律の厳しいところだから、安心して預けられるよ」と言ったらしいんです。それで受験しようということになったんですが、それまで宝塚なんて1度も見たことなかった。あわてて声楽とバレエを習いに淡路島から大阪へ通いました。1回目は落ちると思っていましたが、なんとか受かって…。宝塚音楽学校に入って、生まれて初めて歌劇を見ました。すごいとこに入っちゃたなーって思いましたね。
下級生のころから大器ぶりが注目され出世は早かった。入団2年目の74年、出世役といわれる「ベルサイユのばら」の小公子役がつき、ドラマ「たすきと包丁」にレギュラー出演。75年にコロムビアから「悲しみのアイドル」で歌手デビューした。6年目には「マリウス」でバウホール最年少主演を果たした。
−−宝塚時代を振り返ると
大地 失敗もよくしました。はかまの片方に両足を入れて動けなかったり「源氏物語」の時に着物のそでから白足袋が見えたり、オケボックスに靴を飛ばして投げ返されたことも。上級生、同級生、下級生みんなが大事にフォローしてくれましたね。ほかの組から「大地を守りすぎる!」ってクレームがついたくらい。
松平とは友達夫婦
−−よく食べるらしいですね
大地 たくさん食べるわけじゃありませんが、出されたものはすべて食べます。食のこだわりというと、2年前から牛肉、牛乳をやめています。9月初めに人間ドックに行ったんですけど、すべての項目で数値がベストに入っていて「こんな健康な人、めったにいない。芸能人とは思えない」ってお医者さんがびっくりしてました。
−−アルコールは?
大地 宝塚時代は強かったですね。ブランデー1本空けてましたから。トップになったころ、升酒を10杯飲んで気がついたらリビングルームで寝ていたなんてことも。でも公演中はもちろん、けいこの途中から禁酒しています。
−−普段のリフレッシュ法は?
大地 猫が大好きで5匹飼ってます。2匹は血統書付のメインクーン種の母子でキャロルとマーロ(「ローマの休日」出演中に生まれたので)。あとは雑種でアラレちゃん、ヒジキ君、シグレちゃん。競走馬を持ったことがあります。馬主は(夫の)松平の方ですけど、名前はイライザトップというの。でも、デビュー戦で足を折っちゃって、かわいそうで馬はそれっきりやめました。
−−松平健さんとはどんな夫婦?
大地 お互いに仕事を持っていますから…友達夫婦という感じですね。それぞれの舞台は必ず1回は見て、感想を言ったりします。
大地と同じ40代後半の世代には中村勘九郎(48)野田秀樹(47)渡辺えり子(48)春風亭小朝(48)ら、これからの芸能界を背負う精鋭がそろう。大地にそれを言うと「この前、大阪の空港で勘九郎さんにばったり会ったら『ねえ、一緒にやりたいんだよ』って、ものすごい熱弁なの。機会があれば共演したい」。ミュージカル界の森光子になれ! とけしかけたら「アッハハハ」と笑って「そこまでは分かりませんけれど、1作1作精魂込めてやります」と顔を引き締めた。
いろいろな面をもっている方 ムードメーカーで涙もろくて
宝塚歌劇団月組で大地とトップコンビを組んだ黒木瞳(42) マオさんはウイットがあって、周りを気遣うムードメーカーでもあり、それでいて涙もろくて情に厚い。いろんな面のある人です。宝塚時代は、自転車で2人乗りして焼き肉屋さんに行き、2人で10人前ぐらい食べちゃった思い出があります。楽しくて笑える思い出がいっぱいあります。舞台は毎回見に行って、元気をもらっています。私は、いつもマオさんの後ろ姿を見て頑張ってきましたので、これからも今まで通り、清く美しく歩き続けていただきたいな、と思います。
◆ミュージカル「十二夜」 シェークスピアの喜劇を世界で初めてミュージカル化。脚本・堀越真、演出・鵜山仁、音楽・八幡茂、作詞・斉藤由貴、振付・セルジオ・トゥルヒーヨ。共演は愛華みれ、鈴木綜馬、本田美奈子ら。10月5日〜11月24日。
◆大地真央(だいち・まお) 本名・鈴木真裕美。1956年(昭和31年)2月5日、兵庫県生まれ。71年宝塚音楽学校に入学、73年3月宝塚歌劇団に入団し「花かげろう」で初舞台。すっきりした目鼻立ちとコミカルな演技もできる明るさで注目され、82年月組トップとなり、黒木瞳とのコンビで人気を博した。85年に退団しミュージカル中心の女優に。「マイ・フェア・レディ」で90年度菊田一夫演劇賞、「ローマの休日」で98年度芸術祭大賞、菊田一夫演劇大賞を受賞。90年俳優の松平健(49)と結婚。4年ぶり主演ドラマのNHK「愛の家 泣き虫サトと7人の子」が放送中。166センチ。血液型B。
|