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第386回    宮里藍  
2003.11.02付紙面より

宮里藍
写真=「女優さんみたい?」。照れながらもカメラマンの要求にポーズを取ってくれた藍ちゃん。でも、一番すてきだったのは、いつも変わらないその白い歯を見せる笑顔だった
(撮影・加藤哉)

ゴルファー以前に、いい人でありたい

 宮里藍(18=東北高3年)の目は、強く、きらめき、澄んでいる。アマとして女子ゴルフツアーで30年ぶりの優勝を果たし、史上初の女子高生プロに転身。人気を集めて「最も有名なゴルファー」の1人になっても、その目は変わらない。14日開幕の伊藤園レディス(千葉・グレートアイランドC)でのプロデビューを前に思うのは1つ。「なんくるないさー(なんとかなるさ)」。


小1で6番80ヤード

 「藍ちゃーん、頑張って〜」。通りすがりのOLに声を掛けられると、宮里がペコリと頭を下げた。「あっ、どうもです」。カメラの前でポーズを取るのも照れくさい。「えっ、目線はレンズで話しながら? ハハ。何だか顔が引きつっちゃいますよ。女優さんみたいな気分で? うまくできないですよ。アハハハ」。

 宮里藍。あの日を境に、その名前は一気に全国へ広まった。9月28日、ミヤギテレビ杯ダンロップで残り2メートルのパットを決めて、アマチュアとして30年ぶりに女子ゴルフツアーでの優勝を決めてからだ。

 藍 あの瞬間は涙も出たし、心の底からうれしかったんです。でも、今は逆に実感がないんですよ。映像を見ても「本当に自分?」って感じで。街で声を掛けられるようになったし、テレビ出演や取材を受けることも多くなったんですけど、自分は何も変わってないんで…。

 沖縄北部の東村で生まれた。豊かな自然と家族愛につつまれて育った。藍という名は、父優氏(57)がさまざまな願いを込めてつけた。「辞書を引けば最初に『あい』という言葉が出てくるので、何事もトップで、そして愛らしく、知的でさわやかにという思いでした」。そう話す父は29歳からゴルフにのめり込んだ東村役場の職員だった。藍が2歳の87年に村長選挙に出馬して落選。職を失ったことから89年に43歳にしてティーチングプロに転身した苦労人だ。月収15万円程度。そのころ4歳の藍はクラブを握るようになった。最初は家の庭で、父の手作りのミニパターでボールを転がすだけでうれしかった。初めてコースに出たのは小学1年生の雨の日だった。

 藍 パー3だけのショートコースで、大雨の中で父がキャディーをしてくれました。6番アイアンで80ヤードぐらい飛んだのがうれしかった。スコアは50前後。でも、すごく楽しくて。終わった後に父に「藍もお兄ちゃんたちみたいにゴルフをやってみるか?」って聞かれて「うん、やる」って答えたんです。


家計苦も楽しむ

宮里藍ら3兄妹が子供のころに使ったミニパター
写真=宮里藍ら3兄妹が子供のころに使ったミニパター

 苦しい家計でも、父は「家族でゴルフを楽しみたい」と願い、藍もまた1本1000円の安いクラブで長兄聖志(26)、次兄優作(23)とボールを打った。「お金をかけない」ために土のグラウンドでアイアンを打ち、ドライバーは高台から砂浜へと打った。翌朝、紛失しないように赤く染めたボールを拾うのも楽しかった。

 だが、宮里家の方針は「学校1番、ゴルフ2番」であり、藍もゴルフより勉強、部活を優先した。小学3年まではピアノ、高学年からバスケットを始め中学でも続けた。塾に通い、定期テストでは9教科計900点で、850点以上を取る秀才でもあった。ゴルフの練習は週3回、コースに出るのは月に1回程度だったという。

 藍 小学校のミニバスケ部は夏休みは陸上部にもなって、朝、昼と走りっぱなしです。疲れたらゴルフはお休み。友達とテレビの話もしたいので、1時間で300球をさっさと打って、テレビに向かったこともありました。父も「考えずに打って体で覚えることも大事。それでいいさ」と言ってくれました。中学では部活の後、塾に行って、夜9時から1時間だけ打つ。それでも2年生で全国中学選手権に優勝できたんです。

 父から「スコアのことで怒られたことはない」と言う。「子供をプロゴルファーに」と意気込む親は数多く、「怒られたくないから」とスコアをごまかす子供たちも出ている中、伸び伸びとゴルフを続けてきた。少ない練習量でも、父から受け継いだ美しいスイングで、小学4年でパープレーの72で回れるほどになった。そして中学2年で初めて出場した00年女子ツアー、地元沖縄でのダイキンオーキッドでプロの姿に接して心に決めた。「私もプロになりたい」と。

 藍 皆さん、すごくかっこ良かったですよね。だから、もっとうまくなりたいと思って東北高に進学しました。兄の優作が同じ仙台の東北福祉大にいましたので、両親から離れても寂しくありませんでした。1日6、7時間も練習ができるようになって、自分でも驚くくらいゴルフの内容が良くなったんです。


舌打ち叱られた

 父の計算通りだった。聖志、優作も同じように中学までは、勉強をおろそかにせず、ほかのスポーツを経験させた。特に藍には「お前は高校から、すごく伸びるぞ。今はスイングだけ気を付けていればいいから」と言い聞かせていた。

 藍 今思えば、バスケや陸上をやってきたことで、瞬発力がついたんですよね。押し付けられていないから、ゴルフを一度も「嫌だ」とか「つらい」とか思ったことがないんです。

 高校生活も楽しんだ。月曜から金曜までは授業後に練習を重ね、定期テストには「一夜漬け」で臨み上位の成績を収めてきた。試合のない土、日曜は完全休養。友人と映画、カラオケで気分転換もした。

 藍 中学1年のときに母と那覇で「ロミオとジュリエット」を見てから、洋画が好きになりました。もう、ボロボロ泣いたりして。「ラッシュアワー」とか「スパイダーマン」も良かったですね。

 スコアで怒らなかった父は、マナーには厳しかった。ラウンド中に舌打ちでもすると「そんな態度ならゴルフなどやめてしまえ」と怒鳴った。「ゴルファーの前に人格者であれ」と教えられてきた。

 藍 その教えは今も大事にしています。これからもいいゴルファーであり、いい人でありたいと思っていますから。


お化粧もしたい

 ミヤギテレビ杯ダンロップでの快挙で、迷っていた進路も決まった。「4週間以内にプロ転向の申請をすれば1年間のシード権」を得られるという制度を受け、10月7日にプロ宣言。同14日に日本女子プロゴルフ協会に承認され、史上初の女子高生プロゴルファーとなった。そして今月14日からの伊藤園レディスでプロデビューする。アマ最終戦となった日本女子オープンでは、4日間で2万人以上を集めた「藍ちゃんフィーバー」は、入場無料の措置が取られたこの試合で最高潮に達するだろう。低迷するゴルフ界全体からも、大きな期待をかけられている。だが、宮里は自分を見失ってはいなかった。

 藍 プロとして賞金を稼ぐことにもなり、重圧もあると思います。でも今こそ、アマのような楽な気分でプレーできたらと思うんです。父にも「きばるな。なんくるないさー(沖縄の方言で『なんとかなるさ』の意)の精神で」と言われてます。でも、高校を卒業する来季にはお化粧もしてみたいと思ってます。

 再来年の05年には世界最高峰の米女子ツアーでのプレーを目指している。物心ついたころから英会話のテープを聴き、中学1年で出場した世界ジュニアで初めて渡米した。「ゴルフだけでなく人間的に成長したい」の思いが、海を渡る決意につながっている。一方で、父からはこうも言われている。「結婚して、ゴルフと家庭をどちらかを選ぶ状況になったら、ゴルフをやめても構わないよ」と。でも、これだけは「うん」とうなずきはしない。

 藍 私はやめないですよ。ゴルフ、好きですから。家庭とゴルフを両立している塩谷育代プロにあこがれているんです。子供もしっかり育てて、いいプレーもできたら最高です。

 何でも両立してきた宮里の生き方は、これからも変わらない。どんなに周囲が騒ごうが、肩の力を抜いて自然体で「なんくるないさー」。その目は明るくいつまでも輝くことだろう。


普通の子…今の状況が不思議

 母・宮里豊子さん(52)  この前、東京で食事をしていると、見知らぬ人から「ゴルフの宮里さんですよね」と娘が声を掛けられ、サインを求められたんです。そばで見ていて、とても不思議でした。「えっ、自分の娘なの」って感じで。子供のころから自立心が強くて、末っ子なのに甘えてこないし、小学校では「シキラー」(仕切る人)なんて呼ばれてました。主人と娘は何でも話せるいい関係で、娘は「学校にかっこいい男の子がいるんだ」と言うと「連れて来なさい」なんて会話をしてました。でも、中学では反抗期もあって、私や祖母が注意すると「分かっているよ」って言い返したり。そういう意味では普通の子ですよ。でも、今の状況はやっぱり不思議。まあ、本人が冷静なんで安心してますけどね。


 ◆宮里藍の兄2人◆ 長兄聖志は00年にプロテスト合格して02年からシード選手に。次兄優作は時代に03年からプロ転向し、来季のシード権獲得を確定させた。2人ともツアーでは2位が最高で、3兄妹での優勝は藍が1番手になった。


 ◆宮里藍(みやざと・あい) 1985年(昭和60年)6月19日、沖縄県東村生まれ。99、00年の全国中学選手権を制し、01年に東北高へ進学。全国高校選手権は01、02年に連覇し、02年アジア大会個人の部では金メダルを獲得。今季は日本女子アマ、日本ジュニア初優勝。プロ主体の日本女子ツアーには00年3月から参戦。10月の日本女子オープンまでの通算25試合で、トップ10入りは優勝も含め6回。「プロなら」の仮想賞金は3155万5416円。座右の銘は「意志あるところに道はある」。長兄聖志、次兄優作もプロゴルファー。154センチ、53キロ。


(取材・柳田通斉)

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