|
2003.12.14付紙面より
|  |
| 写真=都内のほの暗い和風バー。撮影中、手に表情が欲しいばかりに、とっさに店内にしつらえてあった火鉢の火ばしを手渡していた。「さてどうしよう」と冷や汗が浮かんだところで獅童さんがこのポーズ。「仕事人みたいでいいんじゃない」と逆にこちらの緊張をほぐす笑顔の気遣い。どんな状況でも絵にする男は、とても優しい人でもありました |
| (撮影・浅見桂子) |
 |
「超マルチ」何をやっても様になる!
金髪に鋭い眼光で映画、ドラマ、CMからロックも歌う超マルチな活躍が目立つ歌舞伎俳優・中村獅童(31)。年末へきて、さらに初写真集を出すわ、ベストドレッサー賞を取るわと勢いは加速するばかりだ。地の獅童は笑顔が人なつっこいラーメン大好き青年。来年正月は浅草歌舞伎で6カ月ぶりに歌舞伎に出演するが「僕の本籍はあくまでも歌舞伎です」と、熱っぽく語った。
出会いが刺激
中村獅童の名を全国区にのし上げたのは、昨夏公開の映画「ピンポン」だった。主人公ペコ(窪塚洋介)のライバル「ドラゴン」役は原作漫画のイメージにそっくり。新聞広告を見て応募したオーディションで勝ち取った「初めての現代もの」だったから、何のてらいもなく頭はツルツルにそり上げて、まゆ毛もそった。「原作のキャラクターに近づきたい一心でした」と言う。
三谷幸喜に抜てきされ出演したフジテレビ「H・R」でもツッパリ兄ちゃんとコワモテが続いた。かと思うと映画「阿修羅のごとく」では気弱なきまじめ探偵、新作映画「アイデン&ティティ」ではロック歌手とまるで七変化だ。自分を見失ってしまいそうな不安はないのだろうか?
「役者というか表現者として、役、人との出会いこそ、だいご味じゃないかと思うんです。そんな刺激が自分を触発してくれて、何かしら成長させてくれるんじゃないですか」。
今年は正月と6月に歌舞伎の舞台があったほか、短編1本を含み4本の映画に出演した。映画に片寄った年になったが「歌舞伎は独特の衣装や装置などで非日常の世界を表現するのに対して、映像などは現代の日常性を描くのが中心ですよね。両方とも共同作業の面白さはあるんですが、微妙に違う。でも映画の現場、好きですねえ」と笑った。
で、あらためて聞いた。「芸能界での本籍はどこなの?」と。獅童は「それは確実に歌舞伎役者です。将来的にどんな役者になるかは分からないですが、挑戦する気持ちを持ち続けていたい。次は何をしでかすのだろうかとドキドキし、名前を見てワクワクしていただけるような役者を目指したい」と自らに確認するように断言した。
錦之介に憧れ
最近、一座することが多い、遠縁の中村勘九郎(48)に傾倒している。「言ったことを必ず実現するパワー、いつでも闘う精神、挑戦する魂。教わることが多いです」と目を輝かした。
「今年に入ってから、完全な休日はゼロ。平均睡眠時間は3〜4時間」という売れっ子ぶり。NHK教育「トップランナー」(25日深夜0時)に出演する。量だけでなく質的にも“トップ”を突っ走っていることの証明だろう。
祖父は大正から戦後まで、華のある女形として名を残した3代目中村時蔵。もっと分かりやすくいうと、故萬屋錦之介、中村嘉葎雄を叔父に持つ萬屋一門の御曹司として生まれた。
「錦之介おじは、祖母(錦之介らの母親小川ひなさん)や母(陽子さん)に連れられて歌舞伎座へ見に行ったころは、映画界の大スター。僕が映画にひかれるのも、底にそんな体験があったからかもしれません」。
小学生のころから三味線や長唄など歌舞伎俳優の基礎となる習い事をきちんと修めている。
「学生のころはほかにも向いていることがあるかもしれないと迷わなかったと言ったらうそになります」と正直な言葉を吐くが、今では「最後の着地点は歌舞伎」と断言する。
歌舞伎の舞台は年に2〜3カ月と、同世代の歌舞伎俳優に比べて少ないが、正月の浅草歌舞伎には4年連続出演している。「若手が中心なので大きな役に挑戦させてもらえる良い機会ですが、同時に舞台の出来から観客動員まで、大変なプレッシャーです」と、浮ついたところはみじんもない。
演目の選定やチラシのデザインなど、仲間で相談して会社に提案している。例えば「チラシの表は僕たち5人が扮装(ふんそう)して浅草寺の雷門前に並んでいるんですが、裏は5つの役柄の人間が現代に生きていたらという想定で現代のファッションで同じ位置に立っているという趣向なんです」と得意げに話す。
歌舞伎十八番の「毛抜」の粂寺弾正など、役代わりを含め昼夜で5演目に出演する。「『三人吉三』の和尚吉三以外はすべて初役。一番大変なのは『毛抜』ですね。市川宗家の団十郎さんのお宅に通ってけいこしていただきます。弾正はとにかく大きな人物です。花道から出ただけでパアーッとおおらかな雰囲気が出ないと。それでいてひょうきんな面もあるし…。時代物の大きさ、せりふ、型の美しさをしっかり勉強したい。自分への挑戦です」と唇を引き締めた。
御曹司ぶらず
御曹司ながら、父は早くに廃業した。そのため、20代では役らしい役がつかず、ロックバンドにのめり込んだ時期もあった。どちらかといえば地味な存在だったが、「ピンポン」以後、公私ともにマスコミに注目されるようにとなった。スターに付き物のゴシップにも見舞われた。篠原ともえ(24)との交際報道には「単なる友達の1人。第一、結婚する気持ちが全然ないんですよ。僕の性格なんでしょうか、思い付きで行動する方なんです。結婚や人生設計をきちっとする人には感心しちゃう」と苦笑した。
「でも、モテるでしょう。自分をいい男と思う?」とさらに迫ると「思わないですよ」と大テレ。「好きなところは(と熟考)鼻かな、あっ、やっぱりないです。嫌いなのは細い目。母なんか『整形しなさい』って言うんですよ。本気かうそか分からないけど」。
ガールフレンドは何人かいることは認めたが、男友達の方が楽しいらしい。
「小劇場系の人と気が合いますね。家が近い劇団大人計画の俳優荒川良々(よしよし)とはよく飲みます。あと八嶋智人さんたちとも…。酒は量よりも雰囲気派。絡んだりしないと思うけど『うるさい、騒ぐな』と言われます」。
今年、ベストジーニスト賞、ベストドレッサーに選ばれた獅童は、歌舞伎俳優らしからぬモヒカン風金髪がトレードマークだ。
金髪は「ファッションとして始めたんですけど、仕事との結び付きが強くなっちゃって、最近は黒くしたいなと思うこともあります」とは、有名になったゆえの悲哀かもしれない。
顔も名も売れてスターの仲間入りしたが、普段はラーメン大好き、健康ランドで息抜きをする庶民派。
「おいしいラーメン屋さんを見つけるのが特技なんです。店構えなどの雰囲気とメニューを見れば9割8分の確率で当たります。友達も認めてますよ。好きなのはしょうゆラーメン」と気取りがない。「御曹司だし、お金も稼いでるんだからしゃれたレストランやクラブへ行かないの」と聞いても「行きませんねえ。この間も牛丼屋で昼飯食べたし、立ち食いそばよく食べます」と、どこまでも庶民派を通す。
歌舞伎関係のスタッフから「獅童はとっても素直でいい子」という評判を聞いていたが、まさにその通りだった。
何にでも挑戦、すごいバイタリティー
飲み友達の俳優荒川良良(29=大人計画) 映画「ピンポン」で共演して以来、親しくしてもらっています。「コクーン歌舞伎」の千秋楽に「これから打ち上げなんだ。一緒にどう」と誘われて、歌舞伎の人たちと飲んだり歌ったり、僕には珍しい経験をさせてもらいました。カラオケで獅童さんと僕で一世風靡(ふうび)セピアの「前略 道の上から」をデュエットしました。以前、新国立劇場の芝居のオーディションでバッタリ会ったんですが、獅童さんは「新聞を読んで応募した」と言ってました。何にでも挑戦する、すごいバイタリティーの持ち主ですね。
◆萬屋 よろずや。歌六系の屋号は播磨屋だったが、71年、故中村(72年に萬屋と改名)錦之助が3代目時蔵追善公演の際に萬屋に変え、直系の子孫で萬屋一門を形成した。時蔵の兄の初代吉右衛門の母方の祖父が芝居茶屋・萬屋の主人だったことにちなむ。
◆浅草歌舞伎ガイド 東京・浅草の浅草公会堂で80年正月から始まった若手中心の歌舞伎公演。04年は2〜26日、獅童、男女蔵、亀治郎、勘太郎、七之助が出演。昼夜とも「三人吉三」「毛抜」「吉野山」と同じ演目だが、昼夜で配役を交代する。「三人吉三」のお嬢は昼・七之助→夜・勘太郎、お坊は男女蔵→獅童、和尚は獅童→男女蔵。「毛抜」の弾正は男女蔵→獅童。「吉野山」の忠信・源九郎狐は勘太郎→亀治郎、静御前は亀治郎→七之助が競演する。問い合わせは(電話)03・5565・6000。
◆中村獅童(なかむら・しどう) 本名・小川幹弘。1972年(昭和47年)9月14日、東京生まれ。父は3代目時蔵の三男の初代獅童(現在は廃業して会社役員)。81年歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」のおひろで初舞台、2代目中村獅童を襲名。歌舞伎座社長賞を受けた「狐狸狐狸ばなし」など歌舞伎若手ホープとして活躍する一方、映画、テレビドラマからCM、ロックライブまでマルチに活動している。獅童の名の由来は3代目時蔵の俳名から。日大芸術学部演劇学科出身。屋号は萬屋。177センチ、63キロ。血液型O。
|