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第397回   池畑慎之介  
2004.01.18付紙面より

池畑慎之介
写真=「クシャッとした表情が好きなの」と人懐こい笑顔を見せる池畑慎之介
(撮影・浅見桂子)

ピーター、男の中の男だった

  ピーターこと池畑慎之介(51)の素顔は、美少年や現代女形という表の顔と正反対の骨っぽい男の中の男だった。デビューのきっかけとなった家出も、アイドル歌手から役者へ脱皮したのも「枠にはめられるのが大嫌い」だったから。今年、芸能生活35年を迎えたが、役者の時は池畑慎之介、レビューショーの時はピーターと、2つの名前を使い分けながら、わが道を行く−。


生い立ち

 池畑慎之介は人間国宝になった大阪の地唄舞吉村流家元・故吉村雄輝さんの長男に生まれた。3歳で舞台に立ち、跡継ぎとして厳しく仕込まれた。5歳の時に両親が離婚。「父につくか母につくか、好きな方を選びなさいといわれたんですが、父は舞のけいこで鬼のように怖かったので、母を選びました」。母とともに鹿児島で少年時代を過ごした。

 そこで池畑は、全国に名だたる進学校の鹿児島ラサール中学に入る。「頭良かったんだ?」と聞くと「そうかも。それより母を喜ばせるには勉強しかなかったんです。すごく勉強しました。母は末は東大と思い描いていたようですが、全寮制で試験で1点でも上を目指す毎日の“締め付け感”に耐えられず、中2の秋に東京へ家出しちゃった」。

 父から逃れたのも、家出も「他人が敷いたレールの上を進むのが嫌い」な性格ゆえだろう。「新宿へ行くつもりで原宿へ着いちゃった。表参道のクラブに『ゴーゴーボーイ募集』ってチラシがあって、18歳ですってごまかして勤めたんです。もし新宿に行ってたら、ヒッピーかアングラ族になっていたかも…」と首をすくめた。最初の家出はすぐ呼び戻されたが、高1の時に再び単身上京。今度は六本木のゴーゴークラブで、男の子か女の子か分からない美少年ということから「ピーター・パン」と呼ばれていた。

 ここで芸能界デビューのきっかけをつかむ。作家の水上勉さんのパーティーに呼ばれて、ATG映画「薔薇の葬列」にかかわっていた舞台美術家の朝倉摂さんに「主役の美少年にぴったり」とスカウトされた。ニックネームがそのまま芸名となり69年、俳優ピーターが誕生した。同年「夜と朝のあいだに」でレコード大賞新人賞を受賞、不思議な魅力の美少年アイドル歌手となる。

 美少年、女装となると化粧が切り離せないが、「初めから抵抗なかった。だって3歳からおしろい塗って、舞の舞台に立っていましたから。化粧も女装もその役を表現するためにするものです」。だから美輪明宏、性転換したカルーセル麻紀らとひとくくりにされることには「全く不本意です。それぞれ個として芸能界でいかに自分を出すか頑張っているんですよ。それと、しゃべってもいないのに記事になると女言葉になっていることが多いんです。それって一種の営業妨害じゃないですか」。この時ばかりは口をとがらせて抗議口調になった。


わが道

 アイドル歌手として売れっ子になったピーターも5、6年たつと「やらされている意識が強まって、このままでいいのか」と行き詰まりを感じる。事務所をやめて独り米国脱出を敢行する。「自分のやりたいこと、やれることが何かあるはずだと…。逃避という感じでしたね」。他人が作った枠を嫌う池畑の性格がまたまた顔を出したのだが、こうした決断力は外見と正反対の男っぽさだ。

 帰国後、舞台中心の俳優になったが、演技開眼したのは故黒沢明監督の「乱」の道化役に起用されたこと。「ゼロからシゴかれたけれど、それまで着ていた縫いぐるみを脱がしてもらったという感じがした」。そのころ、役者名を池畑慎之介にしようと思っていたので「先生に言ったら『ピーターがいいよね』ってあっさり否定されました。池畑とピーターを使い分けるようになったのは『乱』の後からです」。

 役者としてドラマ、舞台、映画に出るときは池畑、レビューや歌を歌うときはピーターを名乗っているが、最近の彼には「自分がやりたい仕事だけに取り組んでいる」輝きがある。芸能界でそういう立場になれるには、才能と強い意志と35年という年月が必要だったのかもしれない。「現代女形3部作の『花粉熱』『グッバイチャーリー』『ジンジャー・ブレッドレディ』は今後もライフワークとして練り上げたい」と言う。3本もライフワーク的作品を持つのは、役者として最高の幸せだ。

 さらに昨年の「越路吹雪物語」も池畑以外に考えられない舞台だった。これがまた故越路吹雪さんソックリ。「ビデオで研究したんでしょう、と言われるんですが、あらためて見たことないんです。16歳のころから日生劇場に通いつめたコーちゃん(越路さんの愛称)ファンですから、体に染みついてるんです。独特のマイクコードさばきなど自然に出てくるんです。舞台で白いコードを使ったのは彼女が初めてだったんですよ。顔は面長でホオ骨が出ているところなんか確かに似てますよね(とホオに手をやる)。歌声も似てるって言われますけど、自分のキーで歌ってますから、お客さんの錯覚、思い込みなんでしょうねえ」。

 現在出演中の東京・芸術座「極楽町一丁目」では、だんなとけんかして飛び出してきた京都の奥さま役。和服2点、洋装のツーピース、尼さんになるが、スーッと立った和服姿のきれいなこと。「舞の修業をしていて良かったと思うのは着物の着方、立ち居振る舞いが自然にできることですね。この点は父に感謝しなくちゃね(笑い)」。


孤独を愛す

 舞の家を捨て、家出までして厳しい芸能界で自分の地歩を築いてきた池畑は「1人が好き」と言う。劇場の楽屋などでは手料理を持って共演者の部屋へおすそ分けに走り回ったりするが「仕事が終わると大抵真っすぐに家に帰る」。長期休みには「少年時代を過ごした鹿児島の海を思い出したくて40歳の時に建てた熱海の家で1人でのんびりするのが好き。鹿児島が私のトラウマなんです」。

 1人にこだわるのは「人間、最後は1人で死ぬもの。だから1人でいることをうまくエンジョイするのを大事にしたい。人とのコミュニケートは仕事、舞台でとればいいので、1人暮らしは怖くないですよ」という考えから。友達は「つかず離れずという感じの友達の方が多い。知り合い以上、友達未満ですかね。腹を割って話せる親友というのは5人はいません」。

 結婚についても「しません」ときっぱり言い切った。「若いころに結婚したいと思った女性がいたんですが、その人とうまくいかなくって、一生結婚しないと決心しました。父と母(離婚して25年後に再婚)を見ていて、犠牲になる人がいると思ったし、特にこの仕事をしていると難しいと…」。

 ドレスを着たり、足を見せることも多いので体形維持には気を使うと思いきや「ジムにはたまに行きますけど、気分次第で。ホラ、毎日やるの嫌いなので。プログラム組まれたりするとやる気なくなっちゃう(笑い)」。森光子さんは83歳で毎日スクワット150回ですってよ、と言うと「えらいですねえ」とため息をついた。

 ただし、商売道具ののどには気を遣っている。「3、4年前に男の声と女の声を交互に出す芝居があった時、のどに悪いかなと思って禁煙したんです。そうしたら3キロぐらい太っちゃった。ベストは52〜53キロなのに、今56キロぐらい。デビュー時は47キロだったんですよ」。目下インタビューなどでは手持ちぶさたなので医薬品の“たばこ”をふかしている。

 今年はデビュー35周年で、秋に記念コンサートを予定している。「(35周年の感慨は? に)急がないできたのが良かったのかな、と思います。でもね、お客さんが池畑の部分もピーターの部分も見たい、聞きたいと言ってくださるうちは両方頑張りますよ。78歳のピーターなんてすてきかも」と胸の内を明かした。


2人だけで寒空にパジャマ姿

 親友の女優夏木マリ(51) ピー(池畑のニックネーム)とはお互いにプライベートなことまで言い合える数少ない友達です。「ウェッド」というミュージカルで共演しましたが、その京都公演で旅館に泊まった時に非常ベルが鳴って、ホテルマンが「火事です!」と言って各部屋のドアをたたいたんです。私はパジャマのまま外へ逃げたんですが、ピーも同じ格好。ほかのメンバーは全員着替えて荷物まで持っていて、冬の寒空にパジャマ姿は2人だけで、大笑いされたことがありました。ピーの舞台を私が演出するなんて話をよくしていますが、早く実現できたらうれしいです。


 ◆池畑慎之介(いけはた・しんのすけ) 本名・同じ。1952年(昭和27年)8月8日、大阪府生まれ。3歳から舞踊の舞台に立つ。69年映画「薔薇の葬列」の美少年役でデビュー。特異な中性的な魅力のアイドルに。黒沢明監督作品「乱」の演技が認められ、以後舞台俳優としての活動が多くなり、蜷川幸雄氏や野田秀樹氏らの演出作品に出演。吉村流名取の吉村雄秀の名も持っていたが、父の死後返上した。01年にはNHK大河ドラマ「北条時宗」に出演した。167センチ。血液型A。


(取材・梶繁男)

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