|
2004.06.06付紙面より
|  |
| 写真=「今日はカッコ良く撮りましょう」と、出川さんに注文した。インタビューを聞いてるうちに、「くどい」イメージとはかけ離れていたから。ロマンチストで、純粋な人です。本当にいい男でしたよ! |
| (撮影・たえ見朱実) |
 |
みんな嫌ってくれてありがとう。オレ幸せになっちゃいけないんだ
幸せで、複雑で、ひょっとしたらピンチかもしれない。「抱かれたくない男NO・1」を“芸風”にしてきた出川哲朗(40)が美女と結婚してしまった。根はいちずな人。まじめだからおかしい。このビミョーな状況とまじめに奮闘すれば、新たな笑いが生まれるのかもしれない。
目潤み「幸せ」
「抱かれたくない男N0・1」が幸せでにやけている。4月に、14歳年下の元レースクイーン瑠理子夫人(26)と結婚、入籍した。「幸せだなあと思う瞬間は、お風呂で背中流してもらっている時とかですね。奥さんが買った動物キャラが風呂場にたくさんあって。寝付けない時にふと横を見ると彼女の顔があって、にこっと笑ってくれる瞬間とか。何をしゃべってるんでしょうね、オレ」。描写がリアルというか“メルヘン”の要素まで入ってきて正直寒いものを感じてしまうが、ピュアという面では評判通りといえそうだ。
前のカノジョとの大失恋を経て手にした幸せだ。「その人とはお互い結婚すると信じて4年間お付き合いしてました。でも僕は40までは結婚したくなかったんで。『抱かれたくない男』としての自分のキャラを考えたら、出川哲朗は幸せになっちゃいけない、って仕事優先で先延ばしにして。結局、あろうことかフラれてしまった」。
バラエティー番組で“フラれた出川特集”が放送され「もっと大事にすれば良かった」と男泣きする姿に、テレビを見ていた瑠理子さんの心が動いた。共通の友人を介して知り合った。
あらためて幸せですかと聞くと、しばらく言葉が出てこない。目もうるんできた。「いや、し、幸せです。奥さん、甘えん坊で淋しがり屋なところがあるんで、仕事で帰りが遅くなったりすることにまだ理解が…。それがちょっと大変というか」。物件を探す時間がなく、今も瑠理子さんのマンションに通っている。さっそく週刊誌に「出川、妻から同居拒否」と“らしい”解釈をされ、ヘコんでいる。
千手観音テク
96年、女性ファッション誌「anan」が年に1回発表する「嫌いな男・抱かれたくない男」に2位で初登場。今やトップの座は定位置になっている。1位は通算7回。今年も「抱かれたくない男」「嫌いな男」をダブル制覇した。「プライベートで人に嫌われたことがないんで、最初はショックでした。その時付き合ってる女の子は『抱かれたくない男』に抱かれてるわけだし。気持ちは複雑だけど、芸人としての“正解”は分かってる。絶対にこの座は守りたい」。
ananに指摘されるまでもなく、20代までは恋愛戦歴二十数敗という「モテない男」だった。「車で湘南海岸行って、ご飯食べたら海が一望できる公園行ってプレゼント渡す、っというのをバカのひとつ覚えみたいに。車の中にこーんな束のかすみ草を用意して、プレゼントの手袋の指の1本1本にサンタさんの人形付けて。女の子、目をうるうるさせて『ありがとう。ただの友達なのに』って」。
「抱かれたくない」理由の投票アンケートでは「声がうるさい」「エッチがヘタそう」が上位を占める。「なーに言ってんですか。びっくりするほどエッチうまいですよ。ナニがデカいのも芸人の間で有名ですね」。出川テクニックで失神した女性もいるという“ネタ”もある。「ネタじゃないです。実話です。ある時なんか、電気を消してエッチを始めたら『キャーッ、哲ちゃんのほかに誰かいる!』って。要は僕の手の動きが千手観音のごとく…」。その時の手の動きを再現する。こちらは自然に身を引く。「こういうところが女性から『気持ち悪い』と言われるんでしょうねえ…。でも、ここだけは否定できないんで」。
住み込みの従業員が十数人もいる横浜の有名な海苔(のり)店の坊ちゃんだった。高校3年の時に父親が相場で失敗し、生活が一変した。「20年も前に死んじゃいましたけど、手広く仕事してあちこちに愛人つくって好き放題やって。家にいないから父親としては失格だったけど、男としては大好きでした。同世代だったら絶対友達になってた」。
一家を養うと心に決め、親戚のツテで料理人修行のため京都へ行った。有名料亭への第1歩として尼寺で修行することになった。「尼さんと2人暮らしと聞いて期待して行ったら60のおばあさん。料理に興味もないし、18なのに毎日話す人もいない。気がヘンになりそうでしたね」。月に1度の休みは、映画館で夏目雅子さんの「鬼龍院花子の生涯」を見たり、映画村で夕方まで撮影を見ていた。やりたい仕事に打ち込んでいる人たちを見て「自分は何がやりたいのか」と考え抜いた。「大脱走」や「ローマの休日」などの名画番組に熱中していた小学校時代を思い出した。役者になりたい−。半年後、泣いて土下座して修行をやめた。
プライド捨て
横浜に戻り、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)の演劇科に入学した。ここでウッチャンナンチャンと出会った。「ウソみたいですけどオレがリーダー的存在で、みんなで『絶対将来ビッグになるぜ!』なんてコントみたいなことを本気で叫んでました」。
役者の下積み時代には、山田洋次監督の「キネマの天地」「男はつらいよ」などにも端役で出演している。しかし、ウンナンが先にお笑いでブレークし、志望の雲行きが変わった。“ウンナンの一味”のような形でバラエティー番組にセットで出演するようになった。
「最初は『哲ちゃん、ジェットコースター乗ってみようか』。ああいう乗り物大嫌いなんで怖がってたらリアクションがおもしろいと言われて『じゃあ次、プロレスラーと戦ってみようか』『ライオンの上に乗ってみようか』って」。名前さえ売れれば役者の仕事も来るという期待でこなした。「オレは役者だ。お笑いなんか、って思ってました。誰1人オレのことなんか知らないのに。今考えると恐ろしいほどくだらないプライドでしたね」。
現場で先輩芸人たちに接するうち、考えが変わった。「なんてみんな頭良くてカッコいいんだろうと。俳優の仕事と違って、お笑いはお客さんの反応によってその場で勝ち負けがつく。転んでウケるために部屋の間取りまで研究する人もいますから。中途半端な気持ちでやってたらすぐにダメになると思った」。
殴られ嬉し涙
29歳の時「お笑いウルトラクイズ」で初めてビートたけしに突っ込まれたことが忘れられない。“ヨゴレ芸人”の甲子園ともいえる同番組で優勝した出川は、気の毒がる美人女優に向かって「ほれるなよ」。思わず笑ったたけしにピコピコハンマーで頭を殴られ、たけし軍団やダチョウ倶楽部などすべての出演芸人に一斉にボコボコにされた。「芸人をつぶそうと思ったら黙殺すればいい。それを諸先輩方がわざわざ全員で。ウッチャンナンチャンの一味ではなく、出川哲朗としてスタートが切れた。一発一発に愛情を感じて、殴られながら感動で泣きそうでした」。
笑福亭鶴瓶のように、先輩の空気を出さずに後輩から平気で突っ込まれる存在であり続けることが理想だ。「夢は、おじいちゃんになっても熱湯風呂に落とされてたいってことなんで。『あちちちち』とか言って、ちっともかわいそうに見えずに」。
焦った「感動」
当面の問題として「抱かれたくない男」キングの栄冠は、来年もこの人の頭上にあるだろうか。瑠璃子さんへのプロポーズを放送したバラエティー番組が24%の視聴率を記録し、笑わせるつもりが大きな感動を呼んでしまった。“嫌われキャラ”にとって、好感度アップはタレント生命にかかわる大問題なのだ。「道で女の子から『感動しました』なんて言われてあせりましたよ。でもこの前、イベントの仕事でお客さんに向かってブーケを投げたら、キャッチした女の人が心の底から嫌そうに『ギャーッ』って叫んで、爆弾みたいにブーケを遠ざけたんです。そこまで嫌ってくれてありがとう、ですよ」。来年のananのランキング発表は今年と同じ春ごろ。その時、出川の今後の進む道が決まることになるのだろう。
心ない人にも笑顔、男の中の男です
キャイ〜ンのウド鈴木(34) 「隊長」と慕っています。何の予約もなく成田空港に行って「グアムまで大人2枚」と映画チケットのノリでなぜか本当に行けたり、日本語で外国人に話が通じたり、おかしな人です。実は男にも女にも動物にもモテます。女は甘え、男は心意気を慕い、動物は隊長の前で同じところを回ります。街で心ないことを言う人にも笑顔で手をふる、男の中の男です。ルリちゃんとの間に早くお笑い界の新しい宝が誕生しますように。
◆出川哲朗(でがわ・てつろう) 本名同じ。1964年(昭和39年)2月13日、横浜市生まれ。高卒後、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)入学。卒業後に旗揚げした劇団SHA・LA・LAを主宰。「アッコにおまかせ!」「内村プロデュース」「踊るさんま御殿」などのバラエティー番組で活躍中。160センチ、62キロ。血液型B。
|