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第428回    マイケル・ムーア監督  
2004.08.29付紙面より


日本よ、米国のようになるな!

 今、世界で最も発言力のある人物の1人とも、世界中の権力者から最も恐れられる男ともいわれる。最新作「華氏911」でブッシュ米大統領に全面戦争を仕掛けた、マイケル・ムーア監督(50)。故郷ミシガン州で直撃すると、古びた野球帽をかぶった巨漢のおやじは、清涼飲料水をがぶ飲みしながら、自分を喜劇王チャールズ・チャプリンに例え、日本についても熱く語り始めた。


身の危険?

 「ブッシュをホワイトハウスから追い出すことができると楽観しているよ。彼はもう、大統領としての仕事は終わっているんだよ」。

 ムーア監督は開口一番、自信満々に言った。「ペンは剣より強し」ということわざがあるが、この男は「カメラは大統領より強し」といったところか。テレビカメラを担いで、狙った対象者にアポなしで接近。時に挑発し、時にギャグを交え、本音を引き出すまで突撃取材を繰り返す。「華氏911」は「ブッシュを大統領の座から引きずり下ろすためにつくった」と公言し、11月の大統領選直前に全米公開をぶつけた。ベトナム戦争当時、世界中で反対運動が繰り広げられたがニクソン大統領は再選され、戦争は敗北まで続けられた。そんな悪夢が繰り返される可能性もあるが…。

 「そんなことは考えたくもない。それは、僕が今、この部屋の窓から飛び降りたら、君はどうするって聞いているようなものさ。う〜ん、考えたくないけどブッシュが再選したら任期の4年間、ちゃんと監視を続けるさ。でももうそんなことやりたくないな。早く別のことをやりたいんだ」。

 それでも今は、打倒ブッシュしか頭にない。夢の中にまで出てくるという。

 「今週、ブッシュの夢を見たんだよ! 僕が全米を講演で回っているときに、行く先々にステージに立って演説しているんだ。だから僕が講演できない。今まで一度もブッシュの夢なんて見たことなかったのに(笑い)」。

 執ようなブッシュ攻撃の結果、脅迫を受けているといううわさもある。インタビュールームにも屈強なボディガードが2人も張り付いていた。

 「ボディガードは映画会社が派遣してきたんだ。僕は1セントも払ってないよ。保険会社から言われたのさ。もし僕に何かがあって、妻が映画会社を訴えるとまずいでしょ(笑い)。嫌がらせメールは来るけど、脅迫なんて物騒なことはない。何の心配もしてないよ。僕が身の危険を感じているように見えるかい?」。

 打倒ブッシュに成功したら、その後は何をするつもりなのだろうか。

 「今度は(民主党候補の)ジョン・ケリーにカメラを向けて監視を続ける。責務を果たしているか、正直かチェックするんだ」。

 打倒ブッシュが最終目標ではなかった。

 「ブッシュのことを、米国人は好きなんだ。だってみんなが願うことをやっているから。たとえば、働かずに楽に暮らしたいだろ? 高校で平均Cの成績しか取ってなくても、全米NO・1の大学に入学させようと言われたらどう? うれしいでしょ。それが、ブッシュなのさ」。


「小泉失望」

 映画好きで知られる小泉首相は「華氏911」を「政治的な、立場の偏った映画は見たくない」と断言。米国との同盟関係を大切にする首相らしい発言として話題になった。当然、ムーア監督の耳にも入っている。

 「小泉の一番の問題は、日本国民の声を聞くことを避けて自衛隊をイラクに派遣したこと。次は僕の『華氏911』を見ることを拒否したことだ。間違った選択だ。作品を見てもいないのに批評するなんて、バカげている! まるでブッシュと同じだ。ブッシュの言うことを聞いて、ブッシュと同じように振るまっている。ブッシュも、見もしないで『間違っている』と批判した男だからね。これは本来の日本人ではないよね。日本人は自分で学んでいく国民のはずだ。自分たちの目で物事を見て、判断してきたはずだ。小泉はそうではないようだ。失望したよ。小泉は国民に人気があったはずだけど、ある朝『今日からは国民でなくブッシュの言うことを聞くよ』って決めたみたいだ。まったく! ブッシュや小泉がこの映画を見ない理由は、作品の後半に描かれている(イラク戦争で)息子を亡くした母親の質問に答えられないからだ」。

 顔全体が紅潮してきた。拳も振り上げる。いよいよ本領発揮だ。

 「日本には、米国のようになってほしくないんだ。それが僕の願いだ。日本は60年間、世界の平和をどの国よりも願ってきたはずだ。どの国よりも戦争の恐怖を知っているはずだ。福祉、教育が充実し、平和が特権のはずだ。でも今の日本の首相はそれを変え、米国のようになろうとしている。僕は日本人に『なぜ米国の言いなりになるんだ』『イラクで一体何をやっているんだ』と問いたい。米国流にやれば、貧富の差が激しくなり、3500万人が健康保険に加入せず、4000万人の成人が小学校4年生程度の読み書きしかできないような国になってしまうんだよ。そういう日本を見るのはとても悲しい。日本の投票権もないし、口出しすべきでないと思うが、次の選挙で小泉政権が崩壊することを願っているよ。日本の伝統を守ることができる人が首相になるべきだ。日本の若者はもっと政治に積極的に参加して、イラク戦争については米国やブッシュと距離を置くべきだと主張した方がいい」。

 では今度は、日本の映画を撮ってみては?

 「僕は、日本の監督が、小泉首相についてつくったドキュメンタリー映画をぜひ見てみたいね」。


「恥を知れ」

 「恥を知れ!」。この一言が、ムーア監督の存在を世界中に知らしめることになった。昨年3月。米国の銃社会を批判した映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」で米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲得した。恒例の受賞者スピーチ。同賞では政治的発言はご法度だが、そんな常識は通用しなかった。「我々はこの戦争に反対だ。ブッシュよ、恥を知れ! お前の持ち時間は終わった」。会場は拍手とブーイングが交錯する異様な雰囲気に包まれた。

 「あの言葉は最初から用意していた。編集者が集めた一連のブッシュの発言の中にあった言葉なんだ。ある演説の時『私をだます人は恥を知れ、でも2度だまされたら、それは自分の恥だ』と言うべきところをブッシュは途中でしどろもどろになって「2度だまされたら、恥を知れ」と言ってしまった。これは使えるなと。自分で自分に恥を知れっておかしいよね。それをブッシュに伝えたくて使ったのさ(笑い)」。

 大胆な言動は「怒る男」のイメージを定着させたが、本人は断固否定する。

 「ハハハ…僕が怒りやすい人間に見えるのかい? 1枚のコインには裏表があるでしょ? 最高のコメディアンとは、怒りやすい人間なのさ。チャプリンだって怒りやすい人間だったそうだ。怒りを伝えるためにコメディーをつくっていたんだ。だから僕のことを『怒り』というイメージだけで見てほしくないな」。

 本人がどう釈明しようとも、その半生には「反逆」の2文字がふさわしい。地元ミシガン州フリントは世界最大の自動車メーカー「ゼネラルモーターズ(GM)」発祥の地。父も同社の工場労働者だった。高校時代に政治に興味を持ち、22歳でローカル紙を創刊。サンフランシスコの出版社で雑誌づくりも手がけたが解雇。帰郷したところ、GMの工場閉鎖で3万人のリストラという実態を知る。怒りを覚え、テレビカメラを持ってGMのロジャー・スミス会長に突撃取材を試みる。これが、荒廃する米国の地方都市の現実を3年間追いかけた監督デビュー作「ロジャー&ミー」だった。

 「信じるかは別として、当時テレビカメラの使い方を教えてくれたのは、ブッシュのいとこだったんだ。映画をつくるように言われたんだよ。驚きだろ? ブッシュの親せきが、僕が映画監督になる道を開いてくれたんだよ!」。


国民の義務

 「華氏911」は6月下旬に全米公開され、現在まで興行収入約120億円を超えるヒット。さぞかし懐も潤っているだろうと水を向けると…。

 「製作にかかった費用以外は、まだもうけは1セントももらっていないんだ。もらったら? 良いことをするために使うよ」。

 正義感あふれる愛国者、真のリベラリストと絶大な支持を集める一方で、大衆がなびきそうなことを巧みにプロパガンダに利用する商売上手な男という批判も浴びている。

 「プロパガンダと言うメディアは、ブッシュ政権の言うことだけをたれ流しているだけ。僕の作品がバランスが取れているんだ。どのぐらいもうかるかなんて考えたことはないよ。米国民の義務として、この仕事をしている。映画という道具を使って自分自身を表現しているだけなのさ」。

 さえない太めの中年男。映像通りの外見だが、手法の是非は別として、今や世界に影響を与える存在であることは確か。権力者を痛烈に皮肉る「お笑いゲリラ」であり、自分の信念を徹底して伝えようとする「社会派ドキュメンタリー作家」でもある。本人は自分をどう見ているのか。

 「両方とも自分なのさ。チャプリンがいい例。すばらしいコメディアンだが、政治的活動でも有名だった。小さな男が金持ち、警察、ギャングのボスと対決する構図で作品をつくった。コメディアンの才能を世の中を風刺する形で使ってたでしょ。だから、ユーモアあるドキュメンタリー映画があってもいいんだ」。

 体はかけ離れているが、何度も喜劇王に触れた。戦い続ける米国の反逆児は、ひょっとして21世紀のチャプリンを目指しているのかも知れない。


 【編集後記】 インタビューは、故郷のミシガン州フリントから、車で数時間の同州トラバースシティーのホテルで行った。5大湖の1つ、ミシガン湖に囲まれたリゾートで、ムーア監督もここに別荘を所有しているという。ほかの取材が長引いたこともあり、大幅に遅れて部屋に入ってきたムーア監督は「申し訳ない。実は妻が夕食をつくって待っているんだ。早く帰らないと離婚されちゃうんだ」と取材時間の短縮を申し出た。

 身長は180センチ以上。巨体のせいか、動きはとてものんびり。取材中は炭酸の清涼飲料水を何杯も飲み干し、トレードマークの野球帽を何度もかぶり直した。ツバにほころびがあり、かなりくたびれていた。本人いわく、野球帽はたくさんプレゼントされるが、だれかにあげてしまうとか。今は3つを愛用。どれをかぶるかは、においをかいでくさくないものを選ぶという。「男じゃないと分からないよね。帽子や下着をローテーションさせる心境は(笑い)」。

 取材中、関係者とちょっと内証話をしていた。取材後に聞くと「キュートだから、君を映画に使いたいと話したんだ」。関係者に「それじゃ離婚だよ」と突っ込まれると「そんな意味じゃないよ」。世界の権力者と渡り合うおやじも、夫人には頭が上がらないようだ。


 ◆マイケル・ムーア(Michael・Moore) 1954年4月23日、ミシガン州生まれ。89年にドキュメンタリー映画「ロジャー&ミー」でデビュー。99年に「マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人」と題した突撃取材テレビシリーズのビデオを発売。02年に銃社会の矛盾に迫った映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を発表。「華氏911」はカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを獲得。著書も多数。ムーア作品のプロデューサーでもあるキャサリン・グリン夫人と1児。


 ◆「華氏911」 米同時中枢テロ発生時にぼう然とするブッシュ大統領の映像などを使って政権を徹底批判。タイトルは政府による思想統制の恐怖を描いたレイ・ブラッドベリの小説「華氏451」に引っかけた。


(取材・千歳香奈子)

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