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2005.04.17付紙面より
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写真=ナント、胸囲120センチを誇る「スーパーひとし君」こと、草野仁さん。某バラエティー番組でレスラーになり、61歳とは思えない肉体美を披露した。インタビューがあったこの日は番組の収録もあり、上下黒のスーツ姿。筋肉の造形美を拝見することはできなかった。今度撮影の機会があったら、ぜひ「驚異」のお体を撮影させてください |
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(撮影・たえ見朱実) |
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草野仁はスーパーひとし君だった
テレビを見ていて一番安心する顔である。草野仁(61)。かつてどのキャスターもお手上げだったオウム真理教(アーレフに改称)の上祐史浩元幹部もこの人の仕切りにだけは従った。東大卒、元NHKアナ−イメージにぴたりの経歴である。だが、最近になって突然「肉体派」というもう1つの顔を見せ始めた。文字通り強じんな肉体にこそ、強じんな精神が宿るということなのだろうか。
にせ者?
テレビ朝日の新番組「草野☆キッド」をご覧になった人はびっくりしたに違いない。草野アナがふんどし姿でお笑い芸人と相撲をとり、電話帳を真っ二つに破り、リンゴを握りつぶす。「よいしょー」の声援を受けてバスを引っ張る。その怪力にも驚くが、マッスルポーズをキメる真顔にはあ然とさせられる。秋葉系オタク青年らと「萌(も)え〜!」と絶叫し、下着姿の女性にがぶり寄りで写真を撮る。楽しそうなのだ。“ニセ草野”のウワサが出るのも当然である。
「東大、NHKという私の経歴から、静かに読書しているようなきまじめなイメージを持たれがちですが、自分の性格にはこんな部分もありまして。浅草キッドの博士(水道橋博士)と玉ちゃん(玉袋筋太郎)にうまく操られて、表に出なかったキャラクターがストレートに出ているのでしょう。ほほほ」。
笑顔、NHK仕込みのソツない話術は、まぎれもなく、これまでのイメージ通りの草野さんである。
「下着の女性の写真を撮るのが趣味なのではなく『中学校の時に写真部にいたなら撮れるだろう』と挑発されると『やってみようじゃありませんか』となる。後で番組をチェックしますが、自分の姿は…直視しにくいですね、ふふ。恥ずかしいと申しますか」。
家族からは「こういうキャラを表に出したら、もう引き返せませんよ」とクギを刺されている。
「まあ、もともと自分の中にあるものですから。振り返ると、私の人生は目指している方向からいつもスライス、スライスして違うところに行き着くことの繰り返し。60も過ぎたことだし、やりたいと思ったことはいろいろチャレンジしたいなと」。
教育一家
父親は大学教授(数学)、母親は中学の音楽教師。典型的な教育一家に生まれたが「とにかく勉強が嫌い」。スポーツ万能で、日暮れまで遊んでは、スパルタ教育の父親に怒鳴られる毎日だったという。
「小学校の運動会のかけっこはNO・1でしたから。何の努力もしないで1位になれる喜び。陸上に燃えました」。
芸能界では知る人ぞ知る“草野最強伝説”のスタートだ。中学時代は地元である長崎・島原半島の大会の100メートル走を「楽勝で優勝」し、県大会でも優勝。1年の時には島原の野球連盟関係者に頼まれて野球部にも在籍し「何の知識もないままバットをめちゃ振りし、秋の新人戦では4番を打っていました」。高校の陸上部では、我流のめちゃ走りで100メートル11秒2を記録した。
「全国大会も制覇するつもりでいた高2の春、突然スパルタの父親が出てきて『勉強もしないで根性もないやつがスポーツをやってもダメだ』って、勝手に学校に退部届を提出しちゃったんですよ。不本意な辞め方で勉強に身が入るわけもなく1浪が確定しました」。
筋肉好き
「勉強嫌い」でも、東大を狙うだけの学力を備えてしまうところがこの人らしい。浪人中も前半はのらりくらりと遊び、後半からの短期集中型ラストスパートで合格した。1科目の「良」以外はすべての履修科目で「優」の首席卒業。文字通りの“スーパーひとし君”である。
東大4年の時には、ひょんなことから相撲の国体・長崎県予選に出場することになり、体重130キロの前年度優勝者を投げて優勝するという“力士伝説”も残している。
「島原出身の相撲関係者に頼まれまして。田舎相撲が盛んな土地で、小さい時から大好きだったんです。私は77・5キロしかなかったんですが、がっぷり組んでも力負けしない予感がありまして、ばっばっばっと栃錦の相撲のように…」。
投げ技を実演しながら、自ら実況中継する。今でも力士になりたいと真顔で言う。人気低迷する大相撲がふがいなく、改革案を示したいのだという。
「相撲は重心の崩し合い。ものすごくおもしろい競技なのに、今の相撲は“重量を増やして押されない体をつくる”というイージーな方向から脱却できない。スピード、パワー、スタミナの格闘技なのに糖尿や痛風に悩むなんて、スポーツマンにはあってはならないこと。ただの肥満体では、美的感覚からも女性ファンがつかないですよ」。
現在のマッチョに変身したのは約5年前から。腹の周りのぜい肉が目立ち始め、エアロバイクの有酸素運動から始めた。
「徐々にぜい肉が落ちてくるとうれしくて。家で過激にダンベル運動を続けたら首をおかしくしまして、トレーナーに『急激にやるからだ』と怒られたこともあります。何でも我流で突き進んじゃう性格なんですね」。
バラエティー番組でも、マッチョな人が登場すると「この僧帽筋はどうやって鍛えるんですか」とベタベタ触る筋肉マニア。ベンチプレスは100キロを上げる。
「ブッシュ大統領は90キロ、アーミテージ国務長官は160キロ上げるって。すごいですよね」。
誰が何キロのベンチプレスを上げるかという、凡人にはどうでもいい情報を熱く語る筋肉目線がこの人らしく、ほほえましい。
第4志望
東大からNHKという“お堅い”道を進んだのは、ともにマスコミ論を勉強した学友に「倒産する心配がない」と指摘されたからだった。記者志望だったが、希望職種の4番目に書いたアナウンス室に配属された。
「なんでオレがこんなことを、とブーブー言いながら発声練習してました」。
それでもスポーツ好きは仕事にも生きた。
「NHKのアナウンサーの仕事の中で最も能動的、積極的にかかわれるのがスポーツ放送の分野。取材もできるし、自分の専門知識も織り交ぜられる。どんなマイナー競技にもファンはいるわけで、その人たちの期待に応えられる放送をしようと思いました」。
9年目にモントリオール五輪の中継要員に抜てき。NHKアナとしては史上最年少記録だった。一見運命に流されているようで、1度火がつけば何事にも一途に走り続けるということか。
「ニュースセンター9時」やロス五輪総合司会などを経て、18年間勤めたNHKを退社したのは85年、41歳の時だった。
「組織的に報道局とアナウンス室が一体化することになりまして。『報道局に従って反抗しません』という流れ。NHKアナウンス室の歴史は終わった、と思いました」。
古巣は昨年来、モラル低下による不祥事の数々に見舞われている。
「残念です。原因ははっきりしていて、90年ごろから子会社をたくさんつくって収益を追求する仕組みになったこと。子会社に出向した人たちが自分の知り合いの会社に仕事を発注するような“商売のうまみ”を覚えてしまい、モラルが徐々に崩壊した。今の状態になるのは必然だったと思います」。
一方で、民放に比べ豊富なスタッフと予算に恵まれているせいだろうか、NHKを離れたとたんに“公共放送”の魔法が解けて色あせてしまうOBアナが少なくない。自身「世界ふしぎ発見!」や「ザ・ワイド」などの長寿番組を持てる存在になれるとは想像もしていなかったという。TBS出身の久米宏(60)文化放送出身のみのもんた(60)は入社年で同期に当たる。
「分かりやすさや視聴者へのサービス精神はさすが。アナウンサー志望ではなかった私とは比べられないし、求めているものも違うと思う」。
将来「どうしてもやりたい」というのは、やはりスポーツ番組だ。「スポーツが好きな人のための、小細工なしのスポーツ番組。心理戦を分析して楽しめるような。視聴率、取りにくそうですけどね」。
今後も“ふしぎ発見”続けます
「草野☆キッド」で共演している浅草キッド 「草野☆キッド」は、我々ですら想定の範囲外の業務提携、草野さん本人の焦土作戦と思えるほどで(笑い)、現場で誰よりきまじめにフザける姿には、ほれぼれ、敬愛してますね。61歳にして驚嘆の運動能力、知力の「伝説」は、我々が今後も“ふしぎ発見”しますが、新たな「伝説」をつくりたいです。目標はWWEに登場か、大みそかのPRIDE男祭りに応援団として参戦、古巣NHKの紅白に挑戦状をたたきつけたい。知性と野性、紳士と野獣が一身に共存する、テレビ界最後、前人未到の「人間宝島」です。
◆草野仁(くさの・ひとし) 1944年(昭和19年)2月24日、旧満州(中国東北部)生まれ。2歳の時に長崎に帰国。67年、東大文学部卒後、NHK入局。主にスポーツ中継畑で活躍し、ロス五輪中継の総合司会や「ニュースセンター9時」などを経て85年に退社。TBSと専属契約を結び、6年後にフリーに。TBS「世界ふしぎ発見!」、日本テレビ「ザ・ワイド」でおなじみ。170センチ、80キロ。スリーサイズはB120−W89−H105センチ。血液型A。美恵子夫人と2男。
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