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らくさぶろう |
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<ローカルでポン!!>
愛媛県の松山に“愛媛のみのもんた”と呼ばれるタレントがいる。らくさぶろう(39)だ。酒癖が悪いのか? スケベなのか? まさか、水道メーターの会社を経営しているのでは? それとも…。
らくさぶろうは、地元の大洲(おおず)市の出身。テレビ3本、ラジオ4本のレギュラー番組を抱える、柔らかもののワイド番組から、県の広報番組まで。早朝ワイドに深夜トーク、そしてクラシック音楽の番組までこなす守備範囲の広さ。愛媛限定の超売れっ子だ。毒舌のおばちゃんにふんしたキャラクター・らくおばちゃんのまま、みそのCMにも出演している。番組制作やタレントのプロモーションを行う、有限会社「らくプロモーション」の社長でもある。
元々の志望は、音楽の教員だった。地元の松山東高卒業後、玉川大へ。金管楽器のチューバを手に吹奏楽を学んでいた。ちなみに同級生に女優の薬師丸ひろ子(40)がいた。が、しかし、母親の病気で2年で帰京。地元の国立愛媛大へ入り直した。ここで落語研究会に入り、寿亭(ことぶきてい)らくさぶろうの高座名で活躍した。
「人前でしゃべって、うけるのが楽しくなっちゃって。おかげで5年も愛媛大に通って、結局横から出た。(立川)談志師匠に弟子入りしようかとも思ったんですけどね。あそこは上納金があるので、やめました(笑い)。どうしようかな? って悩んでいた時に、テレビリポーターのオーディションに受かったんです」。
この時、一緒に合格したのが、現在、関西からブレーク中の吉本の女ピン芸人・友近(31)だ。当時、友近は女子大生。5週勝ち抜いたらレギュラーという広島の番組に「ディープ・キス」という漫才コンビを組んで挑戦した。
「僕がボケで、彼女がツッコミ。見事勝ち抜きました。変な女でしたね。きれいだけど、すごかったですよ。ちなみに、やってませんよ。僕には学生時代から付き合っている女房がいましたから。ホントです」。
コンビは1年ほどで解消。らくさぶろうは地元のゴールデンタイムのキャスターに抜てき。らくおばちゃんのキャラもブレークして、愛媛では知らぬ人のない売れっ子になった。一方、友近は26歳の時に大阪へ。愛媛限定の売れっ子の座を捨て、吉本の芸能学院NSCに入学する。
「一応、報告はありました。だけど、ここまでブレークするなんて思いませんでした。すごいですよ、うらやましいですね。つい最近も会ったけど、彼女自身は変わってませんでした。でも、周りの扱い方が変わってました。売れっ子ですからね。正直、チクショーと思いましたよ」。
今、39歳。
「東京や大阪には、あこがれますよ。まだ、間に合いますかね。ネタ芸人じゃなくて、トーク中心だからきついかな。家族もいるし、会社もあるんだけど」と複雑な心中をのぞかせる。松山にいれば、人気、金、そしてなじみの友人と安定した人生が約束されている。「でも、やっぱり東京に出てみたい。だって、松山にはハプニングバーとかないですもん。今度、上京した時、連れて行ってくださいね(笑い)」。
恐るべし、芸人の探求心! というか、少年のようなスケベ心だ。
【小谷野俊哉】
| ◆らくさぶろう |
| 1965年5月18日、愛媛県大洲市生まれ。5歳で松山市に移り、松山東高卒後、上京して玉川大へ。2年で帰京して、国立愛媛大へ。落語研究会で寿亭らくさぶろうの高座名で活躍し、現在に至る。173センチ、68キ。趣味は俳句。有限会社。家族は妻と1男。 |
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