大忙しの小遊三
いまは亡き10代目桂文治が落語芸術協会の会長に就任したとき「若い人を副会長に起用して、協会の運営方法など幹部としての勉強をさせたい」という抱負をのべた。その白羽の矢が立ったのが三遊亭小遊三なのである。文治のあと桂歌丸が会長になり、副会長は7代目春風亭柳橋に代わった。だが柳橋が他界。今年から再び小遊三が副会長に返り咲いた。彼はいま落語だけでなく帝王学も学んでいる最中なのだ。
小遊三といえば卓球と思われがちだが、ユニホームを着て演じる野球選手の形態模写もたいへんに上手い。でもそういう遊びをしているヒマはない。この5月上席から愛弟子三遊亭遊史郎が真打ちに昇進するからだ。現在その準備に大いそがしといったところだろう。
新宿末広亭を振り出しに披露目がはじまれば、30日間寄席に出ずっぱり。そして披露目が終わったあとの6月22日には独演会を開催する。目一杯のいそがしさである。
◆三遊亭小遊三(さんゆうてい・こゆうざ)
本名天野幸夫=あまの・ゆきお。1947年(昭和22年)3月2日、神奈川県生まれ。中学時代から本格的に卓球を始め、3年のときには中学卓球選手権で優勝。高校時代には国体の選手になったエピソードをもつ。明大時代も卓球部に所属していたが、寄席に入り浸り落語と出会った。68年、大学在学中から三遊亭遊三の通い弟子になり、卒業後の69年に正式入門。73年に二ツ目に昇進して小遊三を襲名。74年にNHKお好み演芸会レギュラー。78年には朝のテレビ小説「おていちゃん」に出演。80年ごろからは野球の形態模写をはじめ人気を博す。82年には二ツ目ながら上野・鈴本演芸場で異例のトリをとる。83年は12人抜きで落語芸術協会の真打ちに昇進。持ち前の明るさを生かした噺が得意。古典を中心に、独自でサゲを開発し、若者の支持を得ている。
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