【第66回】
必要なセキ残す人参と大棗
治りにくいセキ(3)
セキは、本来タンの排出など異物を排除するために必要な体の反応だ。こういう働きを損なわない程度にセキを止める。そういう器用な働き方をしてくれるのが麦門冬湯(ばくもんどうとう)だ。
20年来、麦門冬湯とセキの関係を研究してきた熊本大薬学部の宮田健教授によると「コデイン(西洋薬のセキ止め)が効かないセキには、麦門冬湯が第1選択薬になります」と語っている。簡単に言うと、コデインは脳のセキ中枢に作用して原因が何であれ、タンが詰まろうと何が起ころうと必要なセキまで止めてしまう。これに対し、麦門冬湯は、ノド、専門的にいうと気道に作用してセキを止める。
「気管支炎で炎症が起こると、ヒスタミンやタキキニンなどの化学物質が遊離されてセキが誘発されます。本来こうした物質は、酵素によって分解されるのですが、炎症が起こると酵素の働きが低下しているのです。ところが、麦門冬湯を投与するとその働きが元に戻ってくるのです」と宮田教授。麦門冬湯は、タキキニンなどの働きを抑えると同時に、その分解を促してセキを出にくくすると考えられるのだ。
では、なぜ必要なセキまでは止めず、ほどほどにセキを止めることができるのだろうか。麦門冬湯は、6つの生薬から構成されている。麦門冬とはよく庭などに植えてあるジャノヒゲのことだ。麦門冬湯には麦門冬が半分ほど含まれており、これだけでも麦門冬湯と同じぐらいの効果がある。では、ほかの生薬はどうか。
「半夏(はんげ)や甘草(かんぞう)にもセキを止める作用はありますが、相乗効果を生むほどでもないんです。大棗(たいそう)や人参(にんじん)にはセキを止める作用はありません」。そこで、宮田教授は1種類ずつ生薬を抜いてみた。すると「人参と大棗を抜くと、セキを止める作用が強くなるのです」。つまり、この2つの生薬はセキを完全に止めない、必要なセキは残すという考えのもとに配合されていたのだ。これが先人の知恵。西洋薬には、麦門冬湯のような作用を持つセキ止めは、まだ1つもないそうだ。
【ジャーナリスト 祢津加奈子】
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