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本紙記者コラム「見た・聞いた・思った」
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2004/11/01付紙面より 過去のコラム一覧へ

家族をつないだ携帯

写真部 鹿野芳博記者

 10月23日午後5時56分、新潟県中越地震が発生し、東京も震度4の激しい揺れを感じた。そのとき東京・築地の本社写真部にいた私はデスクから「新潟へすぐ行け」と指示され、あわててカメラを準備した。着替えはもちろんなく、かばんにはパソコンと雨具を詰めた。そして、タクシーに飛び乗り、急いで東京駅に向かった。

 地震の影響で東京駅では上越新幹線の指定席券はすでに発売していなかった。みどりの窓口で自由席券を購入し、ホームに上がった。浦佐〜長岡間で新幹線が脱線しているなどという情報はまだなく、新幹線は通常通り動く気配があった。

 ホームに停車していた車両に乗り込もうとしたとき、突然、上越新幹線の全線不通がアナウンスされた。車両に1度乗り込んだ乗客が今度はホームにあふれ出した。私はカメラを取り出し、かばんをホームに置き去りにしたまま東京駅の混乱ぶりを写真に収めた。約2時間後、ホームの片隅でパソコンを開き写真電送した。そして、新潟に向かう手段をなくした私は、タクシーで会社に戻った。

 会社に着くと、写真部でアルバイトをしている武山智史君(24)の顔が緊張でこわばっているのが分かった。彼の実家は長岡市にあり、両親と2人の妹が生活している。地震発生から何度も電話をかけたそうだが、つながらない。テレビのニュース速報では悲惨な被害映像が次々と映し出されている。彼は仕事を続けていたが、不安が募るばかりだった。

 午後9時30分、彼の携帯電話に1通のメールが届いた。「家族みんな無事だから心配しないで」。妹の理恵さん(21)からだった。地震発生から約3時間半がすぎ、やっと連絡が来たのだった。彼は体の力が抜け、ほっとしたようだった。

 メールには「電気、ガス、水道が止まったけど、携帯のメールはできる」と書いてあった。電話は不通だったが、パケット通信のメールが不思議とつながった。彼は携帯電話を握り締め「家の中は物が壊れたり、ガラスが割れたりしていない?」と送った。

 約10分後、返事がきた。「タンスや棚は倒れていない。今夜はみんな1階の廊下で寝る」。家族4人はすぐ逃げられるように廊下に布団を敷いたのだ。いつも寝ている2階の部屋は危険と判断した。家の中は真っ暗で、ろうそくと懐中電灯を使っていた。この日の夕食は食パンとバナナだけだったという。

 兄妹のメールは翌日の日曜日も続いた。「避難勧告は出ていない」。「昼間は家の前の道路にビニールシートを敷き、キャンプのような状態で生活した」。

 この日の夜に届いたメールには「ガスが復旧し、暖かいものが食べられてうれしい」と書かれていた。彼は安心したが、妹がお湯を沸かして食べたのはレトルトカレーだった。

 災害時には何が有効で、何を備えていればよいかは一概には言えない。でも今回の災害で、携帯電話のメールが家族をつないだということも、真実として残った。

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   column@nikkansports.co.jp
鹿野芳博(かの・よしひろ)
 写真部。野球、サッカー、プロレス担当を中心に、五輪、サッカーW杯、メジャーリーグ取材などを経験。93年入社、36歳。
鹿野記者の写真

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