速報記事一覧へ スコア速報一覧へ スポーツカレンダーへ

nikkansports.com・ホームへ
共通ナビゲーションを飛ばす。ページメニューへ MLB | PDF号外 | プレゼント | 占い | 映像 | 新聞購読
0
googleの検索機能
nikkansports.com・ホームへ

click here!
社会TOP
健康連載
おくやみ
メーンメニュー
・ 野球 ・ サッカー
・ スポーツ ・ バトル
・ 競馬 ・ 芸能
・ 社会 ・ 釣り
ページトップへ
社会タイトル

  おくやみ
 

「仁義なき戦い」シリーズの深作欣二監督が前立腺がんのため死去

深作欣二さん

 「仁義なき戦い」シリーズや「蒲田行進曲」などで知られ、日本映画界の中心的存在として長く活躍した映画監督の深作欣二(ふかさく・きんじ)さんが03年1月12日午前1時、前立腺がんのため都内の病院で死去した。72歳だった。昨年9月にがんを告白。闘病生活を続けながら、昨年末に新作映画の撮影に入ったが、体調を崩して入院していた。「映画作りは戦い」が口癖で、権力や固定観念と戦い続けてきた。新作には、がんと知りながら「この闘いで生涯を終えようとも一片の悔いもない」と悲壮な決意と執念で取り組んでいたが、病魔には勝てなかった。

 11日昼すぎに容体が急変した。血圧が急激に低下し、主治医らが危険な状態と判断。付き添っていた妻で女優の中原早苗さん(67)が、深作さんの新作「バトル・ロワイアル2」の代行監督を務める長男健太氏(30)らに知らせた。都内のスタジオで撮影を行っていた健太氏が午後10時30分すぎに到着。「仁義なき戦い」の主演俳優菅原文太(69)も急を聞いて駆けつけた。十数人が見守る中、早苗さんが「欣二、欣二」と呼び掛けたが、眠るように息を引き取った。健太氏の強い希望で、15日の通夜までは取材陣の集まる自宅ではなく、都内で親族だけで静かに時を過ごせる場所に遺体を安置する。

 昨年9月に行われた同映画の製作発表の席上で、96年に前立腺がんの手術を受けたが、全身の骨に転移していることを告白した。ドクターストップもかかっていたが「この闘いで一生を終えようとも一片の悔いもない」と撮影に入る決意を語った。4日間行った撮影では、イスから何度も立ち上がり、ときにはハリセンを手に「ヘタクソ!」と出演者たちを怒鳴りつけた。病魔に負けない闘志と執念を感じさせた。

 映画人生は「闘い」の連続だった。15歳で終戦を迎えた。さまざまな価値観があっけなく崩れた。社会の矛盾や、大人たちへの反感が心に渦巻いた。「戦火のかなた」「自転車泥棒」など、リアリズムあふれるレジスタンス映画に共鳴した。闇市では、本音の暴力と生きるためのバイタリティーがあふれていた。そんな経験が、映画監督を志向し始めた深作さんの原点となった。

 監督デビューから12年後「この世に善も悪もない。あるのは闘いだけ」と自らテーマを語る「仁義なき戦い」シリーズも、そんな経験から生まれた。義理と人情を重視したストーリー。大スターが主演を務め、脇役はあくまで引き立て役という、それまでの任侠(にんきょう)映画とは異なり、周囲の反対を押し切って文太、松方弘樹、北大路欣也ら若手俳優を起用した。

 既成の価値観にとらわれない発想で、荒々しい群像劇を実現させた。手持ちカメラを駆使する斬新な手法も多用し、躍動感ある映像の実録路線を開拓した。若者たちの無残な死を描きながら、日本の闇の戦後史を活写した。暴力志向が強い印象も与えたが、細かい心理描写も巧みだった。同シリーズはドル箱だった任侠映画が下火になった東映だけでなく、映画界そのものを活気付けた。

 「いい監督にとって、役者は単なる色、絵の具でしかないという感じがするときがある。僕はそれは違うと思う。どんなに日にちがかかろうと、金が掛かろうと、芸術映画ならばいいという巨匠もいるが、僕は映画を衰退させたのは、そういう巨匠にも責任があると思う」と語ったことがある。深作さんは実録路線にとどまらず「柳生一族の陰謀」で大作時代劇に挑戦する一方で、「蒲田行進曲」では笑って泣かせる良質な人情劇を演出した。「あの『仁義』の監督が…」と関係者もファンも驚いた。文芸、アクション、舞台の映画化と、ジャンルにとらわれず娯楽作品を世に送り出した。

 最近、中学生42人が殺し合いを繰り広げる「バトル・ロワイアル」を製作し、独特の暴力描写を復活させ問題提起した。かつて「私も戦中派のしっぽにぶら下がっているが、今の人間のありようには、エネルギーのようなものが感じられない。平和は結構なことだが、その中で人間が衰弱してしまっているのではないか」と語った。最後の作品でも暴力描写にこだわった深作さんの真意は、闇市の中で自ら体験した「生きることへの希望」を、再び現代社会に訴えようとしたのだろう。生へ執着し続けた深作さんが逝った。

◆深作欣二(ふかさく・きんじ)
 1930年(昭和5年)7月3日、茨城県生まれ。53年に東映に入社。企画部に所属。54年助監督部に異動。61年の「風来坊探偵 赤い谷の惨劇」で監督に昇進。その後、任侠映画実録路線の流行を生んだ。73年に京都市民映画祭監督賞を受賞。76年にはブルーリボン監督賞を受賞。94年に「忠臣蔵外伝 四谷怪談」で日刊スポーツ映画大賞作品賞、監督賞や芸術選奨文部大臣賞など数々の映画賞を受賞。99年の「おもちゃ」でも日刊スポーツ映画大賞監督賞を受賞。96年には日本映画監督協会理事長に就任。97年には紫綬褒章を受章。映画だけでなく数々のテレビドラマの演出・脚本も手掛けた。65年に女優中原早苗と結婚。
葬儀日程
 ▼通夜 15日午後6時から東京都中央区築地3の15の1、築地本願寺第二伝道会館
 ▼葬儀・告別式 16日午後0時30分から、同所で
 ▼喪主 長男深作健太(けんた)氏
 ▼葬儀委員長 東映相談役岡田茂氏


悼む

 治療に専念し、何も無理せず映画を撮らなくてもよかったのではないか。そう考える人もいるだろう。私はそうは思わない。

 昨年9月にがんを告白した。その3年前、ある取材の機会に、前立腺がんと闘っていることを深作さん自身から聞いた。「薬物治療を受けている」。それでも「まだ死ぬわけにはいかない。映画を撮って闘わなきゃいけないんです」と語った。本人の希望で記事にはしなかった。

 闘うための映画が「バトル・ロワイアル」だった。少年時代、多くの死を生み出す戦争を経験し、大人への不信感を強く持った。「私の映画作りの原点なんです」。70歳にしてその思いをぶつける映画だった。満身創痍(そうい)だったが、健太さんは「監督は撮影に入ると不思議と本当に元気になる」と言った。怒鳴りつけ、走り寄って演技指導し、ときには満足そうに笑った。撮影は平気で深夜まで行った。がん闘病中の人間とは思えなかった。

 映画の完成後「まだまだ闘うよ。映画を撮ることは闘うこと。闘うことは生きることだよ、ハハハ」と笑った。過激な内容の作品は国会で審議の対象になり、映倫から15歳未満入場禁止の指定も受けた。議員と深夜まで話し合い「何が悪いんだ」と生き生きした表情で吠(ほ)えた。

 たとえドクターストップがかかっても、がんと闘う深作さんには、闘う道具であり、手段である映画が絶対に必要だったのだ。【松田秀彦】


◆深作欣二監督全作品◆
タイトル主演配給
61風来坊探偵 赤い谷の惨劇千葉真一東映
61風来坊探偵 岬を渡る黒い風千葉真一東映
61ファンキーハットの快男児千葉真一東映
61ファンキーハットの快男児 二千万円の腕千葉真一東映
61白昼の無頼漢丹波哲郎東映
62誇り高き挑戦鶴田浩二東映
62ギャング対Gメン鶴田浩二東映
63ギャング同盟内田良平東映
64ジャコ萬と鉄高倉健東映
64狼と豚と人間高倉健東映
66脅迫(おどし)三国連太郎東映
66カミカゼ野郎 真昼の決斗千葉真一東映
66北海の暴れ竜梅宮辰夫東映
67解散式鶴田浩二東映
68博徒解散式鶴田浩二東映
68黒蜥蜴丸山明宏松竹
68恐喝こそわが人生松方弘樹松竹
68ガンマー第3号 宇宙大作戦R・ホートン東映
69黒薔薇の館丸山明宏松竹
69日本暴力団 組長鶴田浩二東映
70血染の代紋梅宮辰夫東映
70君が若者なら石立鉄男松竹
70トラ・トラ・トラ!山村聡FOX
71博徒外人部隊鶴田浩二東映
72軍旗はためく下に丹波哲郎東宝
72現代やくざ 人斬り与太菅原文太東映
72人斬り与太 狂犬三兄弟菅原文太東映
73仁義なき戦い菅原文太東映
73仁義なき戦い 広島死闘篇菅原文太東映
73仁義なき戦い 代理戦争菅原文太東映
74仁義なき戦い 頂上作戦菅原文太東映
74仁義なき戦い 完結篇菅原文太東映
74新・仁義なき戦い菅原文太東映
75仁義の墓場渡哲也東映
75県警対組織暴力菅原文太東映
75資金源強奪北大路欣也東映
75新・仁義なき戦い 組長の首菅原文太東映
76暴走パニック 大激突渡瀬恒彦東映
76新・仁義なき戦い 組長最後の日菅原文太東映
76やくざの墓場 くちなしの花渡哲也東映
77北陸代理戦争松方弘樹東映
77ドーベルマン刑事千葉真一東映
78柳生一族の陰謀萬屋錦之介 東映
78宇宙からのメッセージ真田広之東映
78赤穂城断絶萬屋錦之介東映
80復活の日草刈正雄東映
81青春の門松坂慶子東映
81魔界転生千葉真一東映
82道頓堀川松坂慶子松竹
82蒲田行進曲松坂慶子松竹
83人生劇場永島敏行東映
83里見八犬伝薬師丸ひろ子東映
84上海バンスキング松坂慶子東映
86火宅の人緒形拳東映
87必殺4 恨みはらします藤田まこと東映
88華の乱吉永小百合東映
92いつかギラギラする日萩原健一松竹
94忠臣蔵外伝 四谷怪談佐藤浩市松竹
99おもちゃ宮本真希東映
00バトル・ロワイアル藤原竜也東映
03バトル・ロワイアル2藤原竜也東映

前のページへ戻る このページの先頭へ
ニッカン倶楽部広告ガイド会社案内このサイトについて問い合わせ
  nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
  すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
  
野球ページへ サッカーページへ スポーツページへ バトルページへ 競馬ページへ 芸能ページへ 社会ページへ 釣りページへ