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芦屋雁之助さん死去「裸の大将」で糖尿病

芦屋雁之助さん(右)

 フジテレビ系のドラマ「裸の大将放浪記」などで知られる俳優の芦屋雁之助さん(あしや・がんのすけ、本名・西部清)が04年4月7日午後1時ごろ、うっ血性心不全のため、京都市内の病院で亡くなった。72歳。10年以上前から糖尿病と闘い、入退院を繰り返していた。コメディアンから俳優に転身し、「裸の大将」シリーズでは放浪の天才画家・山下清そっくりの風ぼうとセリフ回しで話題を集めた。8日に親族だけで密葬を行った。5月半ばにも「しのぶ会」を開くという。

 糖尿病と闘い続けた雁之助さんが力尽きた。数年前から入退院を繰り返していた雁之助さんが最後に入院したのは昨年8月。会見した弟の小雁(70)によると、入院中は投薬治療のためほとんど意識はなく、時折目を覚ますと「俺は何してるんや、テレビの収録か?」と問いかけることが何度もあったという。7日昼すぎに血圧が下がり始め、懸命の治療もかなわず、久里子夫人にみとられて息を引き取った。

 戦後、小雁と漫才コンビを組んだが、その後コメディアンに転身。テレビドラマ「番頭はんと丁稚どん」の番頭役で人気を得た。79年には森光子と共演した舞台「おもろい女」で芸術祭大賞を受賞した。80年スタートの「裸の大将」シリーズでは山下清にそっくりの風ぼうと演技が話題になった。だが、当時を知る関係者は「この役柄が糖尿病の引き金になったのでは。1日5食は食べて太ることを考えていた」という。太った体形を維持するため、糖尿病の食事療法を拒否したこともあったという。まさに命を削って、取り組んだ役柄だった。ほかに映画「泥の河」「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」などに出演した。

 00年10月、東京・新宿コマ劇場で倒れ、01年1月の大阪・新歌舞伎座公演で復帰したが、再び糖尿病からくる心筋梗塞(こうそく)で倒れた。その際には「このまま出演させてくれ。舞台で死ぬんなら本望や」と周囲に訴えたという。昨年4月に名古屋・名鉄ホール公演で復帰したが、高血圧性急性心不全のため無念の途中降板となった。小雁は「最期まで芝居がしたかったんやと思います」と天を見つめるように話した。

 関係者によると、生前、雁之助さんは「通夜、葬式は大げさにしないでほしい」と話していた。7日に親族だけで京都市内で通夜を行い、この日密葬を行った。

写真=84年10月、「娘よ」100万枚突破記念パーティーで久里子夫人、娘の里菜と

◆芦屋雁之助(あしや・がんのすけ)
 本名・西部清。1931年(昭和6年)5月29日、京都府生まれ。戦後、芦乃屋雁玉、林田十郎に弟子入りし、弟の小雁と漫才コンビを組む。その後コメディアンに転身し61年、「番頭はんと丁稚どん」で人気者に。「裸の大将」シリーズはテレビ、舞台でヒット。84年には歌手として「娘よ」が大ヒット、NHK紅白歌合戦に出場した。
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