元JRA理事の古川定石(ふるかわ・さだいし)氏が04年7月5日午後8時38分、肺炎のため茨城県稲敷郡阿見町の東京医科大学霞ケ浦病院で死去した。73歳だった。通夜は7日午後6時、告別式は8日午前10時30分から、牛久市中央5の3の1・セレモニー牛久斎場(電話029・830・7222)で。喪主は妻・能江(よしえ)さん。自宅はつくば市高野台3の10の51。
31年、鹿児島県生まれ。54年、鹿児島大学農学部獣医学科卒業後、日本中央競馬会(現JRA)入会。美浦トレセン競走馬診療所長、業務部長、栗東トレセン場長を経て87年理事に就任。退任後は日本スターティングシステム、競馬飼糧、新和サービスなど関連団体の社長、会長を歴任。栗東トレセン場長時代には坂路調教コースを新設し、関西馬躍進の土台を築いた。「競馬博士」として知られ、91年4月から1年間、日刊スポーツにコラム「馬(うま)い話」を執筆、著書「競馬ドクターの超健康力」がある。