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静岡タイトル  

Mr.エスパルス沢登笑顔の引退会見

過去の数々の思い出を振り返り、感慨深げに遠くを見つめる清水MF沢登

 ◆沢登のあいさつ◆

 私、沢登正朗は今シーズン限りで引退することにしました。プロ生活を14年やってきて、本当にすべてのものを出し尽くしました。悔いなく14年間終えたことを僕自身も誇りに思います。選手生活は今シーズンで終わりですが、僕自身のサッカー人生はまだまだこれからだと思います。今後は指導者としてピッチに戻れるように頑張っていきたいと思います。

 ◆一問一答◆

 −−やめる考えはいつごろから

 沢登「最初は2年前にエスパルスと2年契約してから考えてました。今シーズンに入ってやっぱりその考えは変わらず、始まる前から『今年いっぱいだから頑張ろう』という気持ちでプレーしてきました」。

 −−まだまだやれるのではという声もあるが

 沢登「若いときのビデオなどを見たりしますと、今のプレーとは質も違いますし、自分自身でも『もう限界なのかなあ』と思うようになってきたんですね。ただ、自分の考えの中に『輝いているうちにやめたい』って昔から思っていて、試合に出られなくなって引退するよりは、自分が輝いて出ているときに終わりたいって、ずっと思ってましたから。それがたまたまこのタイミングだったということです」。

 −−家族にはいつ

 沢登「奥さん(晴香夫人)には今年に入ってから『やめるかもしれないよ』って、ずっと言ってました。子供を含めて正式に言ったのは、ほんの数日前」。

 −−お子さん(女児2人)は何と

 沢登「『パパ、やめないで』って泣いて言われましたね。それが一番つらかったですね」。

 −−プロ生活で悔いは

 沢登「数々のタイトルを取りましたけれども、以前のチャンピオンシップという時のタイトルだけが僕のタイトルにはないので、それは悔しい部分ではある。でも、自分のプレーの中ではすべてを出し切ったので悔いはないです」。

 −−昨日(23日)公表という意味は

 沢登「ほぼ残留という形になってますから、何とかホーム最終戦の前に発表したいと思ってました」。

 −−昨日勝てたから

 沢登「そうですね」。

 −−具体的にどの瞬間に昔と違うと感じたのか

 沢登「スピードも当然衰えてますし、持久力的なものはそんなに落ちてないですけども、自分のイメージ通りに動けなくなっているのは確かです。技術的なものは逆に年齢を重ねていく上で上がってきてる部分はあるんですけどね、やはり自分の中で許せない部分ってあるんですよ。それは言葉では言い表せないんですけどね。その部分が、僕自身の引退を決意させたものじゃないですか」。

 −−今季に感じたのか

 沢登「今シーズンの方が昨シーズンよりはコンディションは良かった。でも2年前に契約したとき、自分の中で『もうあと2年だぞ』と言い聞かせてましたから。いいプレーをしてても、試合に出てなくても、今シーズンで終わろうと思ってましたから」。

 −−2年間でどんなことを残そう、やろうと

 沢登「とにかくチーム再建のために陰の力でもいいから、なんとかチームを優勝争いに導きたいと思いながらやってました」。

 −−それはできなかった

 沢登「残念ながら優勝争いでなく、残留争いになってしまったんですけども、いろんな意味で若い選手とかチームメートの手助けをして支えになれたし、僕自身それだけでも仕事したのかなと思ってます」。

 −−プロ生活の中で思い出に残っている場面は

 沢登「99年っていうのはエスパルスの中で特別な年だったと思うんですよね。リーグ戦の優勝っていうのは、カップ戦の優勝と比べものにならないぐらいタイトルが大きい。だからリーグ戦で優勝したのが良かったと思います。その中でもやっぱり静岡ダービーマッチのチャンピオンシップの2試合っていうのは、僕の中では本当に心に残る試合だったなと思います」。

 −−心に残るゴールは

 沢登「すべてのゴールが僕の中の思い出ですけども、やっぱりチャンピオンシップの、自分が得意としているFKで決めた点っていうのが、ビデオで見ても僕自身が涙ぐむぐらいにうれしいゴールですね」。

 −−エスパルス一筋

 沢登「14年間エスパルス一筋でやれたことは本当に幸せだと思うし、このチームに入ってよかったなあと今でも思う」。

 −−大変なこともたくさんありましたよね

 沢登「チームが経営危機でつぶれてしまうんじゃないかって状況もありましたから。そういう中を会社の皆さんやいろんな方々の支えも受けて、新しいチームとして生まれ変わって、新しい歴史をつくれた」。

 −−残された選手へ

 沢登「若い選手たちが本当に成長してきてますから、その選手たちが本当にエスパルスを支えていくんだぞって気持ちでやってもらいたい。ベテランはそれに負けちゃいけないと、お互いが相乗効果で切磋琢磨(せっさたくま)してやっていけたら、また必ず強いエスパルスが復活できると思います」。

 −−今後は

 沢登「まだ何も決まってません、正直」。

 −−長谷川監督と話は

 沢登「お話をした時に『そうか、辞めるのか。でも、これからのサッカー人生の方が長いんだぞ』って言葉をいただきました」。

 −−引き留めは

 沢登「たぶん僕の意見を尊重してくれていたんだと思います」。

 −−選手生活は長かった

 沢登「今考えると短いですけど、やはり長くやれたんじゃないですかね」。

 −−エスパルスの「10番」への思いは

 沢登「『10番』というのはエースの番号ですから。これを何とかつけたいという気持ちで入った当時からやってましたし、その中で『10番』を長い間、背中に背負ってこられて満足してます。『10番』への思い、こだわりというのは僕の中で計り知れないものです。長い間つけてきて、うれしかった」。

 −−「10番」を託したい選手は

 沢登「固有名詞では言えないですけど、エスパルスにはいい選手がいっぱいいます。誰がつけても必ずそれに値する力は発揮してくれると思います」。

 −−今後は指導者に

 沢登「何年後かは分かりませんけど、監督としてピッチに戻ってこれたら最高かなと思います。指導者として勉強して、また戻れたらと思ってます」。

 −−代表へのこだわりは

 沢登「Jリーグに入った当初に日本代表に選ばれて良かったと思っています。その後だんだん選ばれなくなってきたけど、腐らずやれば必ずいつか代表に入れると信じてやってましたから。復帰することもできて満足してますし、サッカー選手をやっている以上は、日本代表というものは目標。日本代表に入れたことを、誇りに思います」。

 −−代表戦で印象に残る試合は

 沢登「W杯予選のアウエーのUAE戦(93年5月7日)で入れたゴールっていうのが印象に残っていて。ちょうどUAEにいる時に僕の好きだったおじいさん(寿三さん、享年83)が亡くなってしまって、『どうする? 帰る?』って言われたんですけども、逆に『おじいさんのために、ここで試合して帰った方が喜んでくれるんじゃないかな』と思っていてゴールができたので、これは本当に『おじいさんが入れてくれたんだな』って思った印象のあるゴールです」。

 −−ホーム最終戦の鹿島戦に向けて

 沢登「気持ちはいつも通り、全く変わりません。とにかく勝つために全力を尽くすだけ」。

 −−サポーターへは

 沢登「14年間、温かい声援をいただき、僕自身の支えになりました。サポーターの皆さんには感謝しています。引退することになりましたけど、エスパルスをこれからも愛していってほしいと思います」。

 −−理想の監督像は

 沢登「難しいですね。誰かのまねをしようとかはないです。自分の良さを出せればそれでいいんじゃないかなと。ただ、いろんな監督を見てますから『僕だったらこうするのかな』っていうことは常に考えながらやってました」。

 −−良かったこと、つらかったことは

 沢登「夢だったプロ選手になれたことは、本当に良かった。小さいころから海外のサッカーをよく見てまして、大きくなったらこういうふうになりたいって思ってましたし、その夢がかなったから満足してます。つらかったのは、試合に負けたときが常につらい。どんなゲームにしても負けることが悔しいし、つらいですね。僕は家庭にまで持ち込んじゃうぐらい負けず嫌いですから(笑い)」。

 −−奥さんは

 沢登「今日も『ホントに辞めちゃうの?』って言うぐらいですから、納得はしていないと思う。内心は受け止めたくないってことは言ってましたね」。

[2005/11/25/12:21 紙面から]

写真=過去の数々の思い出を振り返り、感慨深げに遠くを見つめる清水MF沢登



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