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2004/03/19
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「フラット3」と「自由」の共通点は?
週刊サッカーマガジン副編集長:平澤大輔
いきなり、クエスチョン。
フィリップ・トルシエの「フラット3」とジーコの「自由」。共通点は?
自由という言葉を聞いて、思い出すことがある。僕が高校生のころ、生徒たちは自由を叫んでいた。伝統的に私服での通学が許されるなど、自由な気風が自慢の高校で、「自由のあり方」のような論議が繰り返された。当時の雰囲気は、はやりのポップソングのように思い出すことができる。
といっても、僕自身はそういう話し合いに積極的に加わらなかった。難しそうな話題は苦手だったし、そんなことよりボールを蹴ることに夢中だった。自由というものが一体何であるのかを教えてくれたのは、クラスに一人はいる訳知りの友人だった。
「本当の自由なんかあり得ない。自由にだって代償があるんだ。責任とか義務とかがね」
なるほど、友人の言葉には説得力があった。まるで成熟した大人の言葉のように啓示に満ちていた。影響を受けやすい僕にとっては、それで十分だった。
それは「自由論」という名前で僕の頭の中に、いまでもしっかりと根を下ろしている。
さて、僕なりの答。
「フラット3」と「自由」の共通点は、それを言葉にした瞬間に言葉そのものに縛られてしまう、という点。それぞれの監督の嗜好を表す言葉は記号化された瞬間に、本来の意味が薄められてしまう。
トルシエのサッカーに自由はなかった? その割合はともかく、僕はあったと思っている。ジーコのサッカーに規律はない? で、そこが問題になる。友人の言葉を基準に考えるなら、自由には代償が必要だからだ。
僕の代表への評価? 難しい話が苦手なのはいまも変わらないけれど、一つ思うことがある。近接した二つの代表なんだから、「おいしいとこ取り」しちゃえばいいのに。トルシエの規律に、ジーコの自由を組み入れればいいのに…。
それが難しいのも、サッカーは人生そのものだからなのだろうか。市原のオシム監督はこう話してくれた。「人生は予定通りに進むものではない。サッカーも同じだ」
平澤大輔(ひらさわ・だいすけ)
1970年5月15日、東京都生まれ。93年ベースボール・マガジン社に入社し、週刊サッカーマガジンに配属。以来、サッカーマガジン一筋。94年アジア大会、96年アジアカップ、98年ワールドカップ、00年シドニー五輪、02年ワールドカップなどを取材。横浜M、V川崎(ともに当時)、浦和、京都などの担当を経て、現在は鹿島担当。99年から副編集長。
◇昭和45年会 選手やマスコミなどの垣根を取り払って集まって結成されている懇親会。会長は名古屋DF秋田豊。昭和45年生まれが原則だが、多少の前後は認めている。特に女性会員については、年齢未公表の人が多いため(怖くて)確認できない。
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