沢がプロ魂!10年間走り続けた/五輪予選
<女子サッカーアテネ五輪アジア予選:日本3−0北朝鮮>◇準決勝◇24日◇国立
日本のエース沢穂希(25)が、痛む右ひざに分厚いサポーターを巻いてチームを引っ張った。20日の練習でじん帯を損傷し、好調時からは程遠い出来だった。それでも要所で体を張り、周囲を生かす仕事に徹した。ロスタイムには強烈なミドルを放ち、存在感を見せつけた。サッカー少女のみならず、ジュニア時代には男子からもせん望のまなざしを浴びた背中は、この日も大きかった。
15歳で代表デビューして以来、第一線を走り続けてきた。現役日本人選手として初めて、米女子プロリーグWUSAからドラフト指名を受け入団。今季リーグの活動休止で古巣の日テレに復帰したが、サッカーに対する姿勢は米国でも日本でも、誰よりストイックだ。
今年5月21日に行われるFIFA100周年のドイツ−世界選抜戦の世界選抜メンバーに、日本人選手としてただ1人選出された。背番10を背負って先発した99年に続いて2度目の快挙。正式発表された2月下旬よりも早くに吉報を受け取っていたが、周囲にそのことを隠した。「今は五輪予選に集中しなくちゃいけない。浮ついているって思われたくないから、だれにも言わないで」と話した。
今回の負傷も、注射と座薬で黙ってこらえた。この日朝は、全員で都内の熊野神社に詣でた。日本協会と同じ3本足のからすがシンボルの同神社のお守りをおそろいで購入。短パンにつけて「今日だけはやらせて」と痛む右ひざを抱えて願った。「自分はプレーで引っ張るだけ」と多くは語らないが、全員から全幅の信頼を置かれている。「たとえゴールを外しても、沢さんなら仕方ない」と選手は口をそろえる。
これで役目が終わったわけではない。レギュラーで五輪を知るのは、96年アトランタ五輪を経験した沢だけだ。シドニー五輪出場を逃し、女子人気は下降線をたどった。そんな日本を後に、米国へ飛び立った責任も感じている。その悔しさがあったからこそ、痛みにもプレッシャーにも耐えて切符をつかんだ。これからこそが本番。沢の戦いはまだまだ続く。
[2004/4/25/09:31 紙面から]
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