ジーコジャパンが満身創痍(そうい)の状態で22時間の大移動の末にオマーンへ出発した。13日のW杯アジア1次予選、オマーン戦(マスカット)へ向けて10日、鹿島ユースと練習試合を行ったが、司令塔のMF中村俊輔(26=レジーナ)は左ヒザ打撲で2日連続の宿舎トレを強いられた。練習試合ではDF陣の中沢、田中もケガで途中退場するなど前日の台風直撃の出発延期に続く逆風となった。
恒例の円陣でジーコ監督は合宿最後のゲキを飛ばした。「昨日は飛行機に乗れなかったが、やることは同じ。オマーンでやるはずだった紅白戦を日本でやるだけ」。台風22号の直撃を受けて9日夜の出発便が欠航。1日出発が遅れ、オマーンで予定していた紅白戦の穴埋めに鹿島ユースとの練習試合に切り換えた。
だが円陣の中に司令塔の中村がいない。8日の市原ユース戦で左ヒザを負傷し、2日続けて宿舎での調整となった。鹿島ユース戦では田中が腰の痛みを訴えて離脱。ジーコ監督は小笠原を投入して4バックに変更したが、後半途中で中沢も右足首を痛め退場。選手が足りずMF福西が最終ラインに入ったほど。故障者はついに10人に達した。
1度もベスト布陣を組めずに合宿は終了した。決戦まで実質2日。それでもジーコ監督は「現地入りが遅れたことで逆にいい方向に向いている。何があってもただじゃ起きないという気持ちで臨む。向こうでセットプレーなどをしっかりやりたい」と前向きだった。
ただ台風直撃の余波は「22時間大移動」という形となって残った。チームは練習試合後、鹿島から成田に戻り空路、大阪へ移動。さらにバスで関西国際空港へ向かい、当初とは違うルートでのオマーン入り。宿舎を午後4時30分に出て、現地到着予定が日本時間の11日午後2時15分。しかも関西空港からの飛行機の座席は、いつものビジネスクラスが取れず選手の半分がエコノミーになった。これも「オマーンののろい」なのか。天災、故障、大移動。次々と襲いかかるハードルを乗り越えながら決戦の地に乗り込む。【田 誠】
[2004/10/11/09:38 紙面から]
写真=チームに合流した小野は絶妙なトラップを見せる(撮影・鹿野芳博)
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