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◆監督就任(02年7月22日) 日本を06年W杯ドイツ大会へ導くと宣言。「サッカーの最大の目的はゴールが私の哲学。自信がなければ大役を受けない」。
◆初勝利(03年4月16日) 親善試合韓国戦に永井(浦和)のゴールで1−0、就任4戦目で初勝利。
◆選手入れ替え(6月8日) 親善試合アルゼンチン戦に1−4と完敗。11日のパラグアイ戦でDF4人を山田、坪井、宮本、三都主に総入れ替え。
◆コンフェデレーションズ杯敗退(6月) 初の公式戦は1次リーグ敗退。「1つのミスで勝利を逃すことを強く意識しないと今後の大きな大会を勝ち抜けない」。
◆東アジアV逃(12月) 国内組主体、初の3バック採用も総得点差で韓国に及ばず2位。「1点に泣いた。決める時に決めないといけないんだ」。
◆W杯予選発進(04年2月18日) 「いばらの道」と話した予選初戦は後半ロスタイムに久保の得点でオマーンに1−0と辛勝。
◆解任騒動(2月22日) 選手起用への不満などファン60人が都内で監督解任を求めるデモ行進。「いつでも自分はクビをかけてしっかりと仕事をしてる」と不快感。
◆規律違反(2月28日) 8選手が鹿嶋合宿中に無断外出、飲酒が発覚。3月のW杯予選シンガポール戦から8選手を外す制裁措置。「100%信頼している選手に裏切られた」。
◆東欧・英国遠征(4〜6月) 東欧遠征で中田英ら欧州組が離脱もJ組主体で強豪チェコに勝利。英国遠征でもイングランドに1−1と引き分け。6月9日のW杯予選インド戦は7−0と大勝。
◆アジア杯連覇(7〜8月) 反日感情でブーイングを浴びながら中村を中心に連覇達成。
◆停電にも負けず(9月8日) W杯アジア1次予選、インドとのアウエー戦では停電に見舞われるも4−0で勝利。
◆台風直撃(10月9日) 成田合宿で台風22号の影響を受け移動便が欠航。オマーン入りが1日遅れる。
[2004/10/14/11:53 紙面から]
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