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<W杯アジア最終予選:イラン2−1日本>◇25日◇テヘラン
中田英が大きく息を吐き出して天を仰いだ。359日ぶりの代表復帰戦はほろ苦かった。痛恨の2失点目は、目の前で跳躍するハシェミアンの背中を見詰めるしかなかった。GK川口が離脱している今、97年W杯アジア最終予選の死闘をただ1人知る男。今予選も長い道のりになることを、誰よりも痛感していた。
その腕に、1年前には見慣れていたキャプテンマークは巻かれていなかった。合流後、ジーコ監督から「自分がチームを救うんだと思ってほしくない。全員で責任は分け合おう」と言葉をかけられた。それでも主将を託されたが、自ら辞退した。不在の間にチームを束ねた宮本に任せた。そして、思う存分攻撃のタクトを振るうことに専念した。
歯車は少しずつかみ合っていった。前半2分。体をゴールへ向けながら、左足で右のスペースに飛び出したFW玉田にパスを送った。同40分にはMF中村のFKにニアサイドに飛び込んだ。少しずつ感覚を研ぎ澄ませていく。後半に入り、次々にチャンスを生み出す空間を見つけた。そして同30分、日本唯一のゴールを呼び込んだ。左サイドのスローインを受けると、浮き球をゴール前のFW柳沢へ。こぼれ球をMF福西が決めると、両手を大きく広げて胸に飛び込んだ。2日前にプレッシングの方法をめぐって激しく言い合った相手を心から祝福した。
グロインペイン症候群が日本のエースを長年張っていた男を苦しめ続けた。股(こ)関節周囲を襲う痛みが、次第に活躍の舞台を奪った。フィオレンティーナに新天地を求めても、チームになかなか順応できない。バッジオ、ルイコスタも背負った背番号10から輝きが消えていく。地元メディアは不要論を唱えるなど、取り巻く環境は厳しくなっていった。それでも戦い続け、ようやく約1年ぶりに代表から声が掛かった。
試合終了後、すぐに冷静な表情を取り戻した。公式会見で語った信念は変わらない。「2戦目だから特別重要だとか、イラン戦だから大切だかじゃなく、1つ1つの試合が最後の試合だと思ってやる」。どんな状況からも、逃げるわけにはいかない。中田英は誰よりもそのことを知っている。
[2005/3/26/07:51 紙面から]
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