<W杯アジア最終予選:日本1−0バーレーン>◇B組◇3日◇マナマ
小笠原が巡ってきたチャンスにすべての思いをぶつけた。MF小野が負傷離脱し、1日の紅白戦途中で手にした先発の座に「ああいうことがないとメンバーは変わらない」と燃えた。そして前半34分、ジーコ監督の大抜てきに先制点という最高の結果で応えた。
最終予選を控えた今年は、1月の宮崎キャンプから体調管理に最善の注意を払い、最高のコンディションを維持してきた。「ジーコは調子のいい人間を使うと言っている」。恩師の言葉をひたすら信じ、2月の北朝鮮戦でも先制ゴールを決めてみせた。
しかし3月のイラン、バーレーン初戦と続いた連戦では中田英、中村ら欧州組の合流で定位置を奪われた。遠征中はジーコ監督に直談判し、練習の紅白戦でも中田英に激しく競り合いを挑んだが、出場はイラン戦の11分間だけ。「長い間我慢して、いきなり来た人が出るのは残念」と悔しさをあらわにしたこともあった。
それでも、心のどこかでいつもジーコ監督の言葉を信じていた。「リーグ戦で頑張って、使ってもらえるように」と結果にこだわり、鹿島を首位独走に導いた。
今回の代表招集前「02年2月の代表デビューから状況が変わらない葛藤(かっとう)がある」と本音を漏らした。だが直後には「自分が、というんじゃない。チームとして結果が出せる人が出ればいい。今、自分は本当にいい状態。チャンスはある」と言い切った。恩師を信じ、自分を信じた一途な思いが、小笠原の右足に宿っていた。
[2005/6/4/10:24 紙面から]
写真=前半34分、小笠原はゴールを決め喜ぶ
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