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無観客とは、名ばかりだった。誰もいないはずのスタンドには、タイ協会が許可したVIPやスポンサー関係者が200人、日本からの報道陣が300人弱。「北朝鮮大使館関係者」として入場したはずの北朝鮮人ファンは、ちゅうちょなく声援を送った。客席へ通じるゲートの鉄柵には、本来スタジアムに入れないはずの大量のタイ人ファンがへばりついた。日本サポーターは試合終了までスタジアム外から必死の声援を送った。試合後は一部が選手の取材エリアになだれ込み「ニッポン」コールを続ける混乱もあった。
試合開始前から、警備は予想されていた以上に緩かった。午前中はピッチにまでノーチェックで入り込むことができ、記念撮影するファンまでいた。試合直前まで許可証を持たずに敷地内を歩くファンの姿もあった。FIFAの広報委員は「周辺を武装警官150人で警備する」と話していたが、その警官がスタンドからのんびり試合をながめる姿まであった。
なし崩し的な「無観客試合」となっても選手は冷静さを失わなかった。ジーコ監督は試合前、選手に「無観客であることを忘れろ。ピッチで起こっていることに集中しろ」と指示。その言葉通りに、ボールを蹴る乾いた音、GK川口の「切り替え、切り替え」という声が、周囲の異常な状況を忘れさせた。
ジーコ監督は「その瞬間をタイのファンも日本のファンも見られなかったことが残念」と言った。日本サッカー史上初の無観客試合。犠牲になったのは、厳格にルールを守ったサポーターだったのかもしれない。
[2005/6/9/09:13 紙面から]
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