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横浜が初V!V川崎の3連覇阻む

 <チャンピオンシップ:第2戦>◇95年◇12月6日◇国立
横浜マリノス 1−0
0−0
ヴェルディ川崎

第2戦井原(中央)のヘディングシュートを守りきり連勝。川口能活(右)松田直樹ら若手中心のサッカーへの転換が成功。
名門の新時代の幕開けを予感させた

井原が決勝弾!伝統クラブに新時代到来

 第1ステージの覇者横浜Mが、Jリーグ3年目にして悲願の頂点に立った。11月30日の第1戦を1−0で制して優位に立った横浜Mは、 前半29分、セットプレーからDF井原正巳(28)のヘディングで先制。後半も井原を中心に鉄壁の守りで逃げ切り、川崎の3連覇を阻んだ。 横浜Mのこの日の先発は平均年齢24歳、伝統のクラブに新時代の到来を告げる初Vとなった。

 井原の存在を見つけたペレイラは、その瞬間、「しまった!」とばかりに、ものすごい形相を見せた。しかし、時すでに遅し。前半29分、 ノーマークでボールを受けた井原は、川崎のDFをあざ笑うかのようにヘディングを決めた。ガッツポーズを繰り返す。このヘディングで、 チームは優勝へのアクセルを全開にした。

 ハーフタイムのロッカールームでは、井原はゲキを飛ばした。「ディフェンスは体を張れ! 怖がるな。絶対に点はやらない、いいな!」。 日ごろは物静かな男が見せた、勝利への「意地と執念」だった。後半だけで実に10本のシュート、そのうち決定的なチャンスが3本という川崎 の猛攻をしのいで、ついに夢が現実に変わった。

 GK川口がホイッスルと同時に井原目がけて走り込み、小村が飛びつき、18歳の松田、山田は号泣しながら井原にすがった。泣きじゃくる 松田と山田を抱き、井原は安どの笑みを浮かべた。「トロフィーの重みを感じた瞬間、3年間、ずっと胸にあった思いが、ああこれだったのかと、 込み上げてきた」。川淵チェアマンから受けたJリーグ杯を胸に抱き締め、井原は涙をぬぐう。早野監督は「井原の冷静さ、執念がチーム全体に 伝わった。主将として本当によくやった」と声を震わせた。

 川崎は93年の開幕当時の選手をいまだに8人抱え、この試合に挑んだ。一方、横浜Mの当時のメンバーは井原と野田のわずかに二人。 平均年齢24歳、川崎と比べて4歳も若い選手たちをまとめた。木村コーチも「1戦目、2戦目も心身とも完ぺき。魂のサッカーだった」と、手放しで 喜んだ。

 早野監督はメディナベージョをスクランブル出場させた。守備よりも攻撃と、川崎のイメージを逆手にとり、オトリに使った。そして、井原は若手 をまとめながら、さらに川崎の裏を冷静について決勝点を奪った。今年6月のイングランド戦の再現だった。初の日本代表欧州遠征だったウエン ブレーの一戦で、CKからやはりノーマークで決めている。

 チャンピオンシップの直前、28、30日にモナコで行われる世界選抜チャリティーマッチへ、カズとともに招待状が届いた。「日本人DFでは初め ての名誉」と喜ぶ。この1年、代表とリーグと、日本人では最多の試合をこなした「ご褒美」が届いた。

 ソラリ監督の途中交代、無二の親友だったGK松永の移籍。道程は決して楽ではなかった。ウイニングランの最中、井原は歓喜の輪を抜けた。 たった一人の早野監督に駆け寄ると抱き合い、監督がささやいた。「ありがとう」。【増島みどり】

(写真=第2戦井原(中央)のヘディングシュートを守りきり連勝。川口能活(右)松田直樹ら若手中心のサッカーへの転換が成功。 名門の新時代の幕開けを予感させた)



 <チャンピオンシップ:第1戦>◇95年◇11月30日◇国立
横浜マリノス 1−0
0−0
ヴェルディ川崎

横浜、守備を固めてワンチャンスを生かす!

 第1ステージ優勝の横浜Mが、第2ステージ優勝の川崎を1−0で振り切り、初のJリーグ日本一に王手をかけた。作戦通りに後半早々の3分、 得意のカウンターからビスコンティ(27=アルゼンチン)が先制。徹底して守備を固めてワンチャンスを生かし、3連覇のかかる川崎に先勝した。 横浜Mは6日の第2戦(国立競技場)で、引き分けても優勝が決まる。

 耐えて、しのいで、待ち続けた横浜Mの勝機が、後半3分、ついに訪れた。ビスコンティはハーフライン上で川崎のミスボールを拾うと、瞬く間に スタートを切り、右サイドの山田隆にボールを送った。このカウンター攻撃は、チャンピオンシップを前に、何度も、何度も頭の中で繰り返してきた。 こぼれ球を拾うとシナリオ通り右足で、「夢にまで見た」という強烈なシュートを、ゴール左隅にたたき込んだ。

 コーナーフラッグを抱き締めに走ったビスコンティに、次々と選手が飛びつく。ベンチにいた早野監督と、ノートを抱えた木村コーチは、抱き合った。 時間帯、登場人物ともすべて「台本」通りの勝利が、この時、マリノスのものとなった。

 ビスコンティは試合後、川崎の選手が肩を落として通り過ぎる通路で、それを見下ろしながらインタビューを受けていた。「だれもが川崎優位と言 う。しかし、サッカーで試合前の予想など無駄なことだ」と言い切った。縁起をかついで伸ばしている長髪からは、汗がしたたり落ちていた。早野監 督は試合直後、「(さい配が)ズバリ」とだけ短く言って、大きなため息をついた。下馬評はすべて川崎優位の中、横浜Mはこの試合に向け、細か なシミュレーションを立てていた。まずは90分で2試合、180分ものプログラムを想定した。さらに、得点時間帯を細かく割り振り、データをはじき 出していた。

 今季86得点のうち実に35点を、後半30分までに挙げている。つまり前半を0−0でしのぎ、後半少なくとも30分までに点を取れれば逃げ切れる、 と踏んでいたのだ。「勝機があるとすれば、後半、できるだけ早い時間に得点を奪うこと」と、木村コーチは試合前日に話していた。試合直前には 得点を狙う時間は、「後半15分までに」とまで指示していた。「うちが勝てるとすれば、それしかないという、すごい集中力があった」と、FWに起用 された山田隆は言う。実際、後半3分での得点が、この試合唯一のチャンスだった。

 日ごろは「我慢の早野」と言われる監督自身、この一戦への勝利に執念を見せていた。先手、先手で勝負をかけ、後半、波に乗り始めた遠藤を、 迷うことなく鈴木健と交代させた。遠藤が足を痛めたからだが、すぐに投入した鈴木健が右サイドを支配し、残り5分では、安永に代え運動量の 豊富な三浦を投入。「大舞台で、これまでの気持ちを精いっぱいぶつけた。とにかく楽しかった」と、三浦は笑顔を見せた。

 横浜Mは悲願の王座に王手をかけた。しかし、「まだ半分」(早野監督)でしかない。山田隆は言った。「ヴェルディが、これで引き下がるわけな い」。両チーム通算50試合目。伝統の一戦の新たな歴史が、また始まった。【増島みどり】

日刊スポーツ紙面で振り返るチャンピオンシップ




  • 1993年 ヴェルディ川崎−鹿島アントラーズ
  • 1994年 ヴェルディ川崎−サンフレッチェ広島
  • 1995年 横浜マリノス−ヴェルディ川崎
  • 1996年 鹿島アントラーズ(1シーズン制のため開催なし)
  • 1997年 ジュビロ磐田−鹿島アントラーズ
  • 1998年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 1999年 ジュビロ磐田−清水エスパルス
  • 2000年 鹿島アントラーズ−横浜F・マリノス
  • 2001年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 2002年 ジュビロ磐田が第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし
  • 2003年 横浜F・マリノスが第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし

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