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磐田が初V!鹿島連覇ならず…

 <チャンピオンシップ:第2戦>◇97年◇12月13日◇カシマ
ジュビロ磐田 0−0
1−0
鹿島アントラーズ

第2戦は大黒柱ドゥンガが欠場、シュート4本に抑えられたが、エース中山雅史の唯一の
得点で1−0としのいだ。中山は2試合で3ゴールの活躍。MVPに輝いた

中山決勝弾!敵地でV決めた

 「どうだ、見たか。オレがナ・カ・ヤ・マだあ」。ゴン中山が、涙の決勝ゴールで磐田を初のJリーグ年間王者へ導いた。FW中山雅史(30)は、 第2ステージ王者の磐田を引っ張って第1ステージを制した鹿島と対戦。日本代表の岡田武史監督(41)が見守る中、後半36分に相手のミスか ら決勝点をマークした。3−2で勝ったホームの第1戦(6日)での2得点と合わせての3ゴールで、MVPにも輝いた。

 両手を胸の前に上げた。そのこぶしを強く握り締めた。優勝を告げる終了のホイッスル。真っ赤な顔に涙が流れた。わき上がる喜びを吐き出す ように大きな声を上げた。苦しかった。1年間、そしてこの試合。追いかけて、追いかけて、追いかけてきた「日本一」を、ようやく手にした。

 スタンドは赤一色。過去2年間、このスタジアムでは勝っていない。2週前のナビスコ杯では1−5と完敗した。闘将ドゥンガをブラジル代表の 遠征で欠く磐田は浮足立ち、ファウルを繰り返した。前半41分には古賀が長谷川を倒して退場となり、劣勢の上に10人で戦うハンディを 負った。

 それでも、中山はチームを引っ張った。服部に「攻められっ放しだけど、こういうときは案外チャンスが来るんだよな」と声を掛けた。そして後半 36分、チャンスが来た。本田からのバックパスを受けたGK佐藤にプレッシャーをかけた。「勝負どころは逃さない」。後方から強引に体を割り 込ませ、ボールを奪った。そのまま体を倒して右足を一振。「まさか」。だれもが思ったシュートは、無人のゴールに吸い込まれた。

 2000人のサポーターのもとへ走った中山に、チームメートが次々と抱きついた。仁王立ちで、歓声と悲鳴にこたえた。「本当に苦しかった。 でも(日本一になる)チャンスをものにすることができた」。唇が震えた。目が赤くはれた。

 「磐田で日本一になりたい」。夢であり、目標だった。筑波大卒業後、1990年(平成2年)に地元ヤマハ発動機へ入社。93年のJ発足を楽し みにした。しかし、磐田は落選。日本代表の中山は清水などから勧誘を受けたが、断った。「磐田をJに上げる。磐田で代表になってW杯に出る。 そして、いつか磐田を日本一にする」。熱い気持ちで夢を追い続けた。

 岡田監督の観戦は知っていた。若手の台頭を望んでいることも分かっていた。だからこそ、ベテランの意地を見せたかった。「選ぶのは監督。 僕らは、グラウンドで頑張るだけ」。言葉通りに存在を示すゴール。「おれが中山だ」。何度も日本を救ってきたゴンらしい執念のゴールで、 フランス行きをアピールした。

 「結果は僕らのもの。でも、内容は負けていた」と反省した。しかし、悪びれた様子はない。結果が最も大切なことは、体に染みついている。 ボールを追いかけて、追いかけて、追いかけて奪った決勝点。J昇格、W杯、J優勝を追いかけ続けて果たした男は、次はフランスでのゴール を目指す。【岩屋良明】

(写真=第2戦は大黒柱ドゥンガが欠場、シュート4本に抑えられたが、エース中山雅史の唯一の 得点で1−0としのいだ。中山は2試合で3ゴールの活躍。MVPに輝いた)



 <チャンピオンシップ:第1戦>◇97年◇12月6日◇磐田
ジュビロ磐田 0−1
1−2
延長
0−0
1−0
鹿島アントラーズ

中山、史上初のCS2得点!

 磐田のFW中山雅史(30)が、フランスW杯での日本代表生き残りをアピールした。W杯最終予選での好調ぶりを持続して迎えた第1ステージ 王者の鹿島との決戦。開始38秒には頭でチャンピオンシップ史上最速となる先制弾、後半1分には右足でのダイビングボレーを決めた。 チャンピオンシップでの1試合2得点は史上初めて。W杯を引き寄せたゴンゴールが、磐田を3−2の延長Vゴール勝利に導いた。

 試合のホイッスルから38秒。右サイドバック山西からの50メートルのロングパスがゴール前に入る。日本一、体を張る男は無我夢中。突進する 鹿島DF奥野、GK佐藤なんて見えない。中山の視界には頭上のボールしかなかった。一瞬の差で頭が届いた。ゴールを割った瞬間、右側頭部 を強打。うずくまった。名波の「入ったよ」の言葉でゴールを知った。

 「痛かったよ。どう入ったのかも分からない。とにかくボールに触ろうと思ったよ」と照れ笑いを浮かべた。後半1分には右足のダイビングボレー で2点目を挙げた。チャンピオンシップ初となる1試合2ゴールを達成した。「(藤田)俊哉が苦手のヘディングで競ってくれたからね」。ドゥンガ不 在のチームを引っ張り、今季4連敗中の鹿島を、自らのシュートで撃破した。

 体を張ったプレーは中山の体をむしばんだ。1993年(平成5年)にはW杯最終予選、磐田のJリーグ昇格に向けてフル回転。腰痛、両太もも痛、 半月板損傷と、下半身のけがはすべて負った。バック転の失敗で尾てい骨を強打し。その影響でスポーツヘルニアにもなった。だれよりも中山自 身が知っている。下半身の故障は慢性化し完治しないことを。

 今季の中山は負傷との付き合い方を変えた。今季リーグ開幕前に見たテレビ番組だった。がんで余命は3カ月と宣告された人が「治る」という 気持ちだけで生き続けていることを知った。「負傷の程度は違うけれど、前向きにプラスに考えると自然治癒(ちゆ)につながる。起こるべくして 起こったけがと考えるんだ」。30歳。ベテランの域に達し、負傷を恐れていた自分に気が付いた。トレーナーからのリハビリとアドバイスで、 「けがと友達になろう」と決意した。体を張ったプレーで等身大の中山になった。

 W杯出場を決めた後、中山は若手に競争意識を燃やす。決してフランスW杯に出場できるメンバーに入れる保証はない。奥、鈴木秀、藤田、 服部、田中。代表候補に名前の挙がった選手を中心に「代表入りは横一線」と叱咤(しった)する。自分の燃える気持ちを持続させるためだ。 対戦相手がアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと決まっても「まだ代表に入れると決まったわけじゃない」と素っ気ない。言葉ではなく、 活躍することだけしか頭にない。

 来年1月末の代表招集まで時間はない。中山は「ボールコントロールを高めること、シュートの正確性のアップ」を目標に掲げた。この試合で は3本のシュートで2ゴールと、プレーの確実性をアピールした。鹿島にナビスコ杯の雪辱を、4連敗した借りを2連勝で返すつもりだ。体を張って 磐田を日本一にすることが、代表入りへの最短距離。そのことは、中山が一番知っている。

日刊スポーツ紙面で振り返るチャンピオンシップ




  • 1993年 ヴェルディ川崎−鹿島アントラーズ
  • 1994年 ヴェルディ川崎−サンフレッチェ広島
  • 1995年 横浜マリノス−ヴェルディ川崎
  • 1996年 鹿島アントラーズ(1シーズン制のため開催なし)
  • 1997年 ジュビロ磐田−鹿島アントラーズ
  • 1998年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 1999年 ジュビロ磐田−清水エスパルス
  • 2000年 鹿島アントラーズ−横浜F・マリノス
  • 2001年 鹿島アントラーズ−ジュビロ磐田
  • 2002年 ジュビロ磐田が第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし
  • 2003年 横浜F・マリノスが第1、第2ステージ完全制覇のため開催なし

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