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2003年11月30日付紙面から
4分間の奇跡!横浜逆転完全V
<第15節>横浜 2−1 磐田
最終節まで4チームが優勝争いを演じる大混戦のJリーグ第2Sは、残り4分からのドラマチックな幕切れとなった。Jリーグ第2S最終節で3位の横浜が後半ロスタイム、終了3分前のFW久保竜彦(27)の勝ち越しゴールで首位磐田に逆転勝ち。終了1分後に2位鹿島が浦和と引き分け、横浜に大逆転の第2S優勝が転がり込んだ。第1Sに続く完全制覇となった。
最後4分間のドラマだった。完全優勝を決めた横浜DF松田はひざまずき、顔をピッチにつけて感涙した。優勝を逃した鹿島のセレーゾ監督は両手で頭を抱えて雨空を見上げ、磐田の中山は重い足取りでピッチを去った。磐田、鹿島、横浜、市原の4チームが最終節まで優勝争いにもつれこんだ第2S。史上まれにみる大混戦の行方は、後半ロスタイムから二転三転した。
横浜国際総合競技場。1−1の同点で後半ロスタイムを迎えた首位の磐田は、逃げ切れば優勝だった。対する横浜は退場者を1人出して10人で、磐田が数的にも有利な状況だった。しかし安全第一で腰の引けたボール回しで横浜を勢いづかせた。柳下監督も「早い時間(前半2分)で点を取り、相手に退場者が出て逆に硬くなった。動きの量が明らかに少なかった」と嫌なムードを感じていた。試合終了の笛が吹かれる3分前、その予感が的中した。
「引き分けでもいいからな」。司令塔の名波が全員に声をかけた次のプレーで、すべてが暗転した。横浜FW久保に劇的な勝ち越しヘッドを決められた。「チーム全体に魔が差した」とMF服部は悔やんだ。2位の鹿島が優勝に最も近づいた瞬間だった。
埼玉スタジアムで浦和と対戦していた鹿島は、勝てば優勝だった。2−1でリードし、後半のロスタイムに入っていた。横浜逆転の知らせが入り、セレーゾ監督が喜びを抑えきれずにベンチから飛び出した。選手は状況の変化を敏感に感じ取った。守備固めで投入された金古は「そこで守ろうという気になって…」と言葉をのみ込んだ。逃げ切るはずの5バックを左サイドから崩された。永井のクロスをエメルソンに頭で合わされた。またもやヘディングゴールが決まった。ほぼ同時に横浜−磐田戦が終わった。
GK曽ケ端は倒れ込み、秋田は右手で頭を押さえた。優勝から最も遠かった3番手の横浜。磐田に勝ち、鹿島が引き分けた場合にやっとトップと勝ち点で並び得失点差で優勝できるチームが、この日初めて首位に立った。
激闘を戦い抜いた数秒後、横浜国際総合競技場の大型スクリーンが「浦和―鹿島戦」のライブ映像に切り替えられた。同時刻に始まっていた埼玉での大一番。最初は磐田に逆転勝ちした喜びで抱き合っていた選手も、ピッチに座って画面を見入る。その中で、同点に追いつかれた鹿島セレーゾ監督が険しい表情をつくり、小笠原も秋田もうなだれていた。「えっ、優勝なのか!」。あちこちから声が上がる。2−2という点数が出て4万人の観衆も沸き上がった。冷静沈着な岡田監督も同じだった。「画面を見て初めて分かったよ。最初はピンとこなかった」。
約1分後、鹿島戦が2−2のまま終了。「最後まであきらめないでやったご褒美だと思う」。岡田監督がピッチに駆け出していった。雨中の胴上げ。場内一周のセレモニー。勝利の女神は磐田、そして鹿島へと渡り歩き、最後に横浜の頭上に舞い降りた。
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◆横浜F・マリノス 前身は72年創部の日産自動車サッカー部で、日本リーグ1部で2度優勝した。Jリーグには初年度から参加、95年の第1ステージを制し、チャンピオンシップでもV川崎(現東京V)を下し年間王者に就いた。99年に横浜Fを吸収合併し、チーム名を横浜F・マリノスと改称。00年第1ステージを制し、今季は両ステージ制覇で2度目の年間優勝に華を添えた。「マリノス」はスペイン語で「船乗り」の意味。ホームタウンは横浜市。
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