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2004年J1第2ステージ優勝・浦和レッズ特集 2004年J1第2ステージ優勝・浦和レッズ特集
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第2ステージを振り返る

第13節 - 紙面から

苦節12年、浦和が1番になった

<名古屋2−1浦和>◇11月20日◇駒場


 12年待った。待ち焦がれた優勝を、悔し涙の染みた駒場スタジアムで決めた。浦和は名古屋に1−2で敗れたが、2位G大阪も横浜に敗れてリーグ初制覇が決定。J2降格を経験したチームとして、初めてJの頂点に立った。2戦残しての優勝はステージ15試合制になって以降、最速タイ。来季から1シーズン制となるJ1で、浦和は最後のステージ王者となった。次は、チャンピオンシップ。年間王座をかけて、12月5、11日に横浜と対戦する。

 負けには慣れているはずだった。悔し涙は数え切れないほど流してきた。それでも、涙が止まらない。スタンドにこだまする「WE ARE REDS」の大合唱が震える。恥ずかしそうに手を振る選手の目がうるむ。99年11月27日、Vゴール勝ちしながらのJ2降格に涙してから5年。同じ駒場で、負けてこぼしたうれし涙こそ、浦和の初優勝にはふさわしかった。

 攻めた。最後まで攻め続けた。名古屋が2人の退場者を出すと、攻撃に拍車がかかる。しかし、19本のシュートも実らず1−2。自力で優勝を手にすることはできなかった。昨年9月から続いたホーム連続無敗記録も18試合でストップ。ホーム通算100勝目もお預けとなった。

 それでもリーグ制覇の価値が変わることはない。MF山田主将が掲げたカップに、FWエメルソンがキスをする。その光景を笑顔で見つめたブッフバルト監督は「我々は美しいサッカーをやってきた。どんな試合も得点を奪いにいった。2試合残しての優勝は、その証しだ」と胸を張った。

 日本リーグ時代の名門三菱と、サッカーどころの浦和が手を取り合った。大きな期待を背にJリーグに挑んだが、本気で勝ちたいと思うまで遠回りをした。毎年のように最下位争いを続けても、客席は常に満員だった。危機感もなかった。転機は00年、J2降格の屈辱と引き換えに訪れた。

 周囲の冷たい視線。試合になればガチガチに守る相手に苦戦が続いた。「もう2度と味わいたくない」と関係者が口をそろえる経験が、チームを変えた。対戦相手の練習にまでスカウトを派遣し、ユース育成に本腰を入れ、選手補強にも積極的に動いた。昨年は獲得を狙った高校生8人すべてに断られたが、クラブハウスを建設するなど環境を整備し、選手獲得も効果的に進んでいる。「もう落ちたくない」。その思いが、遠かった夢を実現させた。

 順調に勝ち点を重ねていた今年10月、森GMは浦和の街で旧知のサポーターに出会った。「ストレスがたまってるだろう、チームが負けないから」と言うと、互いに笑いが止まらなくなったという。負け慣れたチームは、12年の苦しみを経て勝つ喜びを知った。優勝カップは選手から支え続けてくれたサポーターの手に渡った。待ちに待ったカップがスタンドで輝いた。

 敗戦に怒り、降格に泣いたチームは、たった1つの丸いボールで喜怒哀楽を表現することのできるチームに成長した。どのチームより多くの涙を流した。その分だけ、喜びにもどん欲になる。次の目標はチャンピオンシップでの横浜撃破、そしてアジア進出。待ち焦がれたこの喜びは、ステージ制覇だけでは終わらせない。今度は、勝って泣く。【永井孝昌】

[2004年11月21日付紙面から]

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