

山田浦和一筋、11年目の祝杯
<名古屋2−1浦和>◇11月20日◇駒場
主将として味わう優勝は格別だった。Jリーグがスタートして2年目の94年からプレー。どん底を知る山田は「Jリーグの選手である以上、ずっと優勝を目指してきた。ただ、これまで11年、これだけのメンバーそろったことはなかった。いいときキャプテンをやらせてもらった。最高のシーズンだと思う」。優勝杯を掲げ、喜びを爆発させた。
今季就任したブッフバルト監督から、主将に任命された。「エメルソンと山田はチームの軸。何があっても代えない」と信頼を寄せられていた。しかし、2月末には日本代表鹿嶋合宿での規律違反が発覚、代表メンバーから外された。追い打ちをかけるように、チームでも5月2日の広島戦では故障でもないのにベンチ入りすら許されない屈辱。「現役時代に山田と一緒にプレーし、彼の本当の力を知っている」と言うブッフバルト監督。力をセーブする山田への荒療治だった。
「もし、俺が主将じゃなきゃキレていた」。くじけそうなとき、同期入団のFW岡野ら周囲に励まされ、チームのことを考え持ちこたえた。浦和入りを決めたのは、どのチームより早く誘ってくれ「どのチームよりも試合に早く出られそうだった」から。「最初は試合に出られるだけで満足だったが、今は本当に勝ちたいと思うようになった。チャンピオンシップ? 勝って次へつなげたい」。完全に浦和の軸となった山田の目はアジア、そして世界へ向いている。【岡本学】
[2004年11月21日付紙面から]
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