<ナビスコ杯:東京0−0浦和(PK4−2)>◇決勝◇3日◇国立競技場◇観衆5万3236人
止めた! 決めた! 勝った!
FC東京が涙の初優勝を手にした。連覇を狙った浦和との決勝、前半に退場者を出して10人になりながら、J屈指の攻撃を魂で耐えた。120分間をしのぎ、0−0のままPK戦に突入。GK土肥洋一(31)が浦和4人目のキックを止め、加地亮(24)が落ち着いて決めて、4−2で振り切った。00年のJ1昇格から5年、原博実監督(46)率いる東京が、首都のチームとしてJ発足後初めて「日本一」になった。
その瞬間、クールな加地が、両腕を広げて走り出した。肩を組んで見守っていたイレブンの列が崩れ、加地目がけてはじけた。ベンチのコーチ陣が、スタンド下の控え選手やスタッフが、次々と歓喜の輪に加わる。原監督は高々と何度もジャンプし、ガッツポーズを繰り返した。感激に浸り、潤んだ瞳で暮れかかった天を仰いだ。午後4時45分。真上に近かった晩秋の太陽は傾き、影は長くピッチに伸びていた。J1昇格からわずか5年。98年にはアマチュアリーグ(JFL)にいたチームが、昨年の王者に競り勝ち初Vを手にした。
道のりは、厳しく苦しいものになった。前半29分、DFジャーンが浦和FWエメルソンに足を引っ掛け、この日2枚目のイエローカード。今季J最多の62得点を挙げている相手に、10人で挑まなくてはならなくなった。責任感と絶望感のあまり、ピッチに突っ伏し号泣するジャーンの姿に、チームメートは発奮した。
DF茂庭は、エメルソンのスピードにスピードで対抗。攻撃力が持ち味のDF金沢は、浦和FW永井のケアで守備に専念した。ジャーンからキャプテンマークを受けた土肥は、ファインセーブを連発。PK戦で山田を止める直前には「勝たせてよ。(コースを)読むから」と、相手の動揺を誘う頭脳プレーまで見せた。シュート27本を浴びながらも、全員サッカーというチームの真骨頂を見せた。
今季はW杯予選、アテネ五輪予選のため、ナビスコ杯のたびに、茂庭、MF今野ら主力をごっそり割かれた。土肥、加地のA代表2人は、準決勝まで1試合も出ていない。それでも、原監督は「11人ならレッズの方が上だけど、総力戦ならウチの方が上」。それをベテランDF藤山やルーキーGK塩田らが証明した。
93年のJ発足時には「首都にプロチームがないのは問題」という意見も出た。しかし、プロを目指すチームも、要件を満たすスタジアムもなく、「首都クラブのないプロリーグ」がスタートした。その後、公益事業という企業柄、1度はプロ化を断念しかけた東京ガスがJ参入を表明。クラブの努力と自治体の協力、そしてサポーターの熱意を受けて、J発足時は形もなかったチームが、初めて日本の頂点に立った。
J1初年度の00年は、東京スタジアム(現味スタ)が未完成で、ホーム30試合中11試合を東京都心にある国立で開催。日本サッカーの聖地はクラブの原点を回帰させてくれる「ふるさと」でもある。豊富なV経験を買われて移籍してきたMF三浦は「あそこでカップを持ち上げるのは最高。本当につかみ取った気がする」としみじみ言った。「首都のチーム」として初めて手にした優勝。東京が、高度成長期を迎える。【北村典子】
[2004/11/4/08:51 紙面から]
写真=PK戦を制し、ナビスコ杯初優勝を飾った東京イレブンは、はじかれたように駆け出す。左からルーカス、馬場、藤山、茂庭、金沢、今野(撮影・栗山尚久)
|