<ナビスコ杯:東京0−0浦和(PK4−2)>◇決勝◇3日◇国立競技場◇観衆5万3236人
原博実監督(46)が古巣浦和相手に悲願のタイトルを手にした。浦和監督を電撃解任されて5年半、当時の悔しさを胸に、選手、スタッフ、サポーターが一丸となって戦う集団をつくり上げた。1人少なくなったこの日も目標に掲げる「攻撃サッカー」を徹底。イレブンの気持ちを1つにし、0−0からPK戦4−2で勝利した。日本リーグ時代の三菱重工(現浦和)で国立を沸かした点取り屋が、同じ国立で監督として初めて頂点に立った。
ピッチの真ん中で原監督の体が、イレブン、いや、スタッフを含めた全員の手によって宙に舞った。2度、3度。陽気さが売りの男のほおに熱い涙が流れる。「ジーンときたよ。みんなの思いが1つになった。PKになった時から涙が出そうだった」。サポーターの熱い声援に、何度も何度も両手を振ってこたえた。
標ぼうする「攻撃サッカー」は、この日も生きていた。前半29分にDFジャーンが2枚目のイエローで退場。相手の攻撃力を考えれば前線の選手を下げ、DFを投入するところ。だが、原監督はボランチの三浦を藤山に代え、センターバックに入れた。「石川や戸田は削りたくなかった」。数的不利でも決して守りに回らず、得意のサイドアタックで攻める姿勢を見せた。監督就任以来の姿勢が、イレブンの気持ちを鼓舞し、劇的勝利につながった。
早大卒業後は三菱(現浦和)ひと筋だった。98年には「切り札」として監督に就任、新人MF小野を擁して第2ステージは3位に躍進した。初優勝まであと一歩。99年は原監督と浦和の歴史に、栄光の1ページが加えられるはずだった。
しかし、小野が五輪予選で抜け、FW岡野や永井が海外留学に出て戦力はダウン。99年6月、第1ステージ13位に終わって解任された。志半ばで現場から離れ「彼らがいれば…」と涙ぐんだ。決して恨み言は言わないが「浦和相手に勝てたことがうれしい」の言葉は何度も口をついた。笑顔の内側に激しい闘志を燃やしていたのは間違いない。
浦和に比べれば地味な選手たちが、原監督の下、力を結集してタレント軍団を撃破した。「試合に出ていない選手、クラブのフロント、サポーターも含めた全員の勝利。これからワンランク強くなっていくための自信になる」。伝統のクラブを解雇され、新天地に飛び込んで初めて手にした栄光。原監督にとっても、チームにとっても、何ものにも代えがたい大きな1勝になった。【栗田文人】
[2004/11/4/ 紙面から]
写真=PK戦を制し、初優勝の東京原監督はガッツポーズでベンチを飛び出す(撮影・栗山尚久)
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