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五輪代表親善試合 日本対チュニジア ヘディングで競り合う阿部勇樹=2004年7月14日、豊田スタジアム(撮影・野上伸悟) |
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今年1月。アテネ五輪の出場権が懸かる3月のアジア最終予選を前にU−23(23歳以下)日本代表の合宿が始まっていた。暖かい宮崎・青島、そして暑いオーストラリア・シドニー。精力的に動き、ボールを蹴るライバルたちとは別に、阿部は寒風が吹きすさぶ千葉・市原のグラウンドで黙々とリハビリメニューをこなしていた。「五輪予選に間に合う?今は聞かないでください」。不可能ともいわれる五輪最終予選での復活を目指し、孤独なチャレンジを続けていた。
昨年12月13日、悲劇が阿部を襲った。同4〜10日の東アジア選手権にジーコジャパンの一員としてA代表にも招集され、期待が高まっていた矢先のアクシデント。同選手権から違和感のあった右足を、所属する市原の練習で再度痛めた。 |