
2005年2月17日更新
ダエイの時代は終わってしまったのか
イラン国営通信・通信記者:ダヴィッド・モクタリ
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| W杯アジア最終予選【バーレーン対イラン】相手のマークにつくイランFWアリ・ダエイ(撮影:たえ見朱実) |
日本はホームで北朝鮮に苦戦の末に勝ち、イランはアウエーでバーレーンと引き分けた。B組の初戦は、日本とイラン両チームが勝利への道がいかに難しいかを思い知らされる結果となった。
個人技の優れたイランが思ったよりいいプレーを見せてくれなかったことに不満を持つイラン人が多い。試合後、選手の何人かは、声をそろえて現地のプレッシャーが大き過ぎてうまくプレー出来なかったと話した。
バーレーンのマナメ競技場は、赤いシャツのバーレーンのファンであふれていた。試合のチケットが数少ないイラン人の観戦者には有料だったのに対して、バーレーンの人々に無料だったことも影響していたのかもしれない。
試合は、ダエイやカリミなどイランのスター達が厳しくマークされて身動き出来なかった。特に後半はイランの体力も落ち、ほとんどバーレーンのペース。両チームともに最後まで互いのゴールを割れずスコアレスドローに終わった。
それでもイランのブランコ・イバンコビッチ監督は「この結果に満足だ」と言う。しかしイランの日刊紙シャルグは監督に対して厳しい論説を載せた。
「偉大なる監督の条件は決断力のあることだ。つまり決断する時、周囲のことを気にせず、自分の思った通りに行動することだ」。
36歳になった国民的ヒーロー、そして国際Aマッチで世界最高の104得点のゴール記録を持つFWアリ・ダエイを途中で交代させずに、最後までプレーさせたことに対しての批判だ。シャルグ紙はブランコ・イバンコビッチ監督が途中でダエイを交代させれば、きっと試合のリズムと流れを変えることが出来たと主張し、それを決断できなかった監督を責めた。
試合後のダエイの発言もちょっと気になる。「試合に使われたボールが“ナイキ”で、我々がいつも使っている“アディダス”とは感覚が違い、足に合わなかった。気候もよくなかったし、グラウンドが悪かった」。
ダエイは国民的な英雄だ。その英雄から、こんな言い訳めいたことを聞きたくないと、私を含む多くのイラン人は思っているし、そういった不利を克服してイランに勝利をもたらすのが、英雄ダエイだったじゃないか。
このことを在日のサッカー好きなイラン人の友達に言うと、シャルグ紙に近い意見だった。
「もう、ダエイの時代は終わりだよ」。
いずれにしろ、今まで個人技頼りで組織力不足を内外から指摘されていたイランの弱点が、バーレーンとの試合でもろに出てしまった。
しかしこういう批判の中で忘れてはならないことが1つある。それはバーレーンの著しい成長ぶりだ。イランのスポーツ新聞イラン・ヴァルゼシーはこう書いていた。
「イランはバーレーンに負けるのを恐れて、試合を慎重にし過ぎた。イランが勝つためではなく、負けないためにグラウンドに立っていた。だが次の日本との試合では、もう警戒などしていられない」。
イランの国民の多くは、ブランコ・イバンコビッチ監督に次の日本戦での勝利を強く促している。
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ダヴィッド・モクタリ(Davoud Mokhtari)


1963年、イラン・テヘラン生まれ。イラン国営通信の東京駐在の通信記者。86年に来日し、東洋医学などを学んだ。現在は通信記者として東京発のニュースをイランに送っている。日本語は堪能で、今回の原稿も、すべて日本語で執筆している。著書に「イラン・ジョーク集(笑いは世界をつなぐ)」(青土社)。
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