
2005年6月5日更新
ジーコ日本に必要な“お母さん”
スポーツ部デスク:桝田朗
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| ジーコ日本に必要なのは…?(撮影:栗山尚久) |
小学2年の愚息に手を焼いている。学校にしょっちゅう忘れ物をしていく。担任の先生からは「忘れ物をしたこと自体を忘れている」と皮肉まで言われてしまった。サッカー少年団に連れていけば、コーチの話は聞かないで友だちとふざけている。「こんなはずじゃなかった」と嘆いてみても、できが悪いのは愚息のせいだけではない。親の責任でもあるだろう。毎朝、登校前に母親とバトルを繰り広げている愚息の様子を見ながら、父親は「そのうちなんとかなるさ」と考えている。子育ては難しいものだ。
「これぐらいできるだろ」。自分が簡単にできたことをできない息子を、優等生だった父親は、なかなか理解できない。代表を家族(ファミリー)にたとえるなら、ジーコはそんな父親かもしれない。サッカー王国ブラジルで、名声も、富も手にした父親に対し、日本代表は、サッカー後進地域の発展途上の選手たちの集まりだ。当然、ジーコのイメージ通りのサッカーはできない。
ジーコ監督はこれまでの日本代表監督の中でも、際だって現役時代に輝かしい実績を持つ。同じ外国人でも、J創設直前に日本代表を率いたオフト監督、02年W杯で日本を初めて決勝トーナメント(ベスト16)に導いたトルシエ監督は、選手としての実績がほとんどないだけに、何とか自分の仕事を成功させようと必死だった。オフト監督は、しつけに厳しい父親、トルシエ監督は、スパルタ教育者だった。どちらも息子たちにとっては、怖い父親だったが、その両監督のそばには、息子たちの成長を優しく見守る母親役がいた。
オフト時代には清雲栄純コーチ、トルシエ時代には山本昌邦コーチ。ときには、選手のぐちの聞き役になり、時には、選手に代わって監督に彼らの言い分を伝えた。子育てには、父親と母親が、それぞれ役割分担をしてバランスを取りながら、成長の手助けをすることが必要だ。日本代表という家族にとっても、そうだと思う。放任主義のジーコ監督には、彼に代わってあれこれ口を出したり、ときには息子たちの愚痴を聞いて、不満をジーコ監督に伝える母親役が必要だ。
ジーコ監督には、兄のエドゥー氏がテクニカルアドバイザーとしてついている。しかし、日本語を話すわけでもないし、母親の役割とはちょっと違う。以前に、日本サッカー協会の川淵キャプテンが、ジーコ監督に井原正巳氏などの代表入りを進言したが、断られたと聞く。井原氏は、代表経験も豊富だし、選手にも年齢が近い。性格も温厚で母親役にはもってこいの人材だった。ジーコファミリーが、なかなか力を発揮できないのは、家族のバランスの問題。つまり、母親不在が原因だろうと思う。
ジーコジャパンは、勝つという結果が求められるファミリーだ。監督と選手、父親と息子たちの間に距離があるだけに、それを埋める母親役のことをあらためて考えるところにきていると思う。
ジーコ監督の悩みに比べれば、我が家のできの悪い愚息の悩みなんて小さいものだ。結果をもとめられることもない。しかも、我が家には父親よりも強い「肝っ玉母さん」がいる。
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桝田朗(ますだ・あきら)

1959年、長崎県生まれ。早大卒。84年、日刊スポーツ新聞社入社。スポーツ部で大相撲、F1、サッカー、格闘技などを担当し、現在同部デスク。
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