初戴冠フェルナンデス監督/トヨタ杯
<トヨタ杯:FCポルト0−0(PK8−7)オンセ・カルダス>◇12日◇横浜国際総合競技場
FCポルトのビクトル・フェルナンデス監督(44)が、就任4カ月で世界一の座をつかんだ。5日前には解任の危機にあった指揮官が頂点を極めた。チェルシー(イングランド)に引き抜かれたモーリーニョ元監督との比較論に耐え続けた成果が、世界一の栄誉へとつながった。
忍耐が最後にモノを言った。延長前半14分、GKビトル・バイーアがけいれんで退場になった時、3つ目の交代枠が残っていたことが、PK戦での勝利へとつながった。「交代枠を使い切っていたら、フィールドプレーヤーにゴールを守らせなければならなかった。それでは、PK戦でわれわれに勝ち目はなかった」。大きなポイントだった。
ひたすら守りを固めるオンセ・カルダスを相手に、無得点に抑えられていた。イライラは頂点に達し、FWポスチガを投入して得点を狙う選択肢もあった。だが、我慢した。「カルダスで怖いのはカウンター」。守備を薄くしてまで必要以上に攻めることは、逆に危険を招く。フラストレーションのたまる、相手の守備一辺倒の戦いに耐えた。
忍耐には慣れていた。欧州チャンピオンズリーグで優勝したモーリーニョ監督がチェルシーへと引き抜かれた。次にやって来たのはイタリア人のデルネリ監督だった。偉大すぎる前任者との比較に常に反発したデルネリ監督は、わずか1カ月で解任された。その後がまとして8月12日、フェルナンデス監督が就任した。トヨタ杯のちょうど4カ月前だった。
度重なる比較論にさらされ、眠れない夜もあった。モーリーニョ監督後のポルトの指揮官としての宿命だった。ひたすら我慢し続けた。トヨタ杯5日前の7日には、そのモーリーニョ監督率いるチェルシーと欧州CL最終戦で戦った。負ければ前回王者として史上初の1次リーグ敗退。それは自らの首が飛ぶことを意味していた。このできすぎたシナリオを制し、トヨタ杯へと乗り込んできていた。
「前日練習でこのスタジアムに入ったとき、第8回大会優勝のポルトの旗が目に入った。あの旗のために勝とう、自分たちも旗を揚げようという気になったよ」。あれほど苦しんだ「ポルト」というブランドに、最後は助けられた。耐えてつかんだ栄冠だった。
[2004/12/13/08:13 紙面から]
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